『仁財育成(通年開講)』~文学フリマ東京40、文フリ札幌10掲載作品~

 みなさまこんばんは。井桁です。
 先日は、文学フリマ東京40と文学フリマ札幌10にお越しいただきありがとうございました!
 おかげさまで弊サークルの『病室六景』が完売ということで…本当にありがたい限りです。
 本当にありがとうございます!!

 さてお手にとっていただいた方は不思議に思われたかもしれません。
 私井桁の作品名は『仁財育成(集中講座)』……集中講座……??
 実は最初の執筆で二万字を超えてしまい、コピ本に載せられないということでラスト病院送りになるところだけを「集中講座」として掲載しました。
 そのまま前半中盤部分はお蔵入りでもよかったのですが、せっかく書いたので日の目を見させてあげようかと思いこちらに掲載させていただきます。
 よろしくお願いいたします。

『仁財育成(通年開講)』

 
 柳琢雄は疲れている。
 午前中の仕事で消耗した体力を少しでも回復させようと目をつぶりたいのだが、体力と同時に消耗した精神力も回復させようと思っている。体力と精神力のどちらを先に回復させようとするかを考えているうちに、自然と指がスマートフォンのロックを解除している。Bluetoothのワイヤレスヘッドホンを付け、SNSとショート動画の世界に身を投じる。
 毎日やってくるつらい現実から目を背けられるつかの間。自分とは違う世界をのぞき見ることで自分自身が向き合わなくてはならない現実から離れることができる貴重な時間である。
 週五日間仕事をし、二日間は死んだように眠り、また仕事をする。一昔前は週七日間働いても少しも疲れなかったのに、今では朝の作業だけで体力と精神力に限界がきてしまう。運転中にいつ寝てしまうのかわかったものではない。俺はいつからこれほど弱くなってしまったのだろうか。

 柳琢雄が佐藤急便に入社したのは今から四〇年ほど前のことだ。北海道の利尻島で育った琢雄は、高校三年生の夏休みに自動車学校の教習合宿へ行き、運転免許を取得した。
 日本海に浮かぶ小さな島で変わらない日々を送っていた琢雄は、その小さな世界を抜け出そうとまず運転免許を取得したのであった。クルマへの憧れは、思春期を迎える男子にとっては必ず持つものと言っても過言ではないのかもしれない。琢雄もその例に漏れることはなかった。
 しかし運転免許を取得したところでかっこいいクルマを買える訳ではなく、琢雄の両親も持っている車を使わせることはなかった。この現実が、世界を抜け出せるチャンスだと思っていた琢雄に失望感を抱かせると同時に、家の小さなテレビで見ていた「東京」への思いを次第に強くするきっかけともなったのだった。
「東京」。日本の首都であり、大都会。利尻島で生まれ、一八年間島を出たことがない琢雄にとって、「東京」は日本の街でありながら異国のものとして感じられていた。
 東京に行けば、東京に行くことさえできればこの小さな島で、小さな世界で感じている鬱屈している雰囲気や閉塞感、くだらない近所付き合いと親戚付き合い、親と隣人のジジババから受ける愛という名の束縛と監視から抜け出すことができる。
 東京に行けばすべてが変わる。柳琢雄はそう思っていた。


 谷川瑞月は疲れている。
 瑞月が見ているのはスマートフォンの画面だ。そこには編集中のショート動画が映っている。毎日毎日五本程度のショート動画をSNSに投稿しているのだが、毎回毎回投稿する内容が見つからず悩んでいる。ショート動画投稿を始めたころのキラキラした投稿はもちろんしたいのだが、今の瑞月には世の中の様々な出来事に関するコメントが求められている。もちろんそういった声を聞いたわけではないのだが、ショート動画に対するリスナーの反応を見ていると、世間から求められているものがはっきりとわかってしまう。
 瑞月としては美味しいと思ったご飯や話題のご飯、知る人ぞ知る名店のご飯を投稿し、外国のトレンドコスメやメイク、ファッションを投稿して時代の最先端を行く「私」をプロデュースしたいと思っているし今でもそう思っている。
 動画投稿を始めたころはそうした最先端の発信がほとんどで、動画を投稿すればたくさんのリスナーが反応してくれ、いわゆる万バズは息をするように達成し、そこから得られるアフィリエイト収入は当時の瑞月にとって貴重な収入であった。

 かつて谷川瑞月は、Withterraという会社が製造販売しているアロマオイルのディストリビューターとして活動していた。「アロマで世界を救う!」を大きな目標に「エッセンシャルアロマオイルで,暗い雰囲気の日本を浄化して,癒やしと赦しの気持ちで日本をいっぱいにする」ために毎日活動していた。
 短文投稿のSNSでの情報発信は、Withterraのアロマオイルが他社の製品と比べどれほど自然から得られた成分の純度が高いのかといったアロマオイルを使った生活の知恵を発信した。マッサージに使うだけでなく、料理の隠し味として使ったり、病気の予防や治療で使ったりとWithterraのアロマオイルの素晴らしさを日々発信していた。活動の理念に共感してくれる人や会社に囲まれ、瑞月の生活は世界を少しでも良くしているという充足感とアクティブユーザーの数に応じて支払われるインセンティブのおかげでとても充実していた。
 だが、あの事件を境に瑞月の生活は一変したのである。


 柳琢雄は走っている。
 午前中の配達を終え、SNSとショート動画に休憩時間を費やし、午後からは定期的に発送してくれる客のところへ行くことになっている。休憩時間に食べた昼食の味は、現実とオンラインの世界の狭間にいたことでどんな味だったのかは全く覚えていなかった。
 午前中は一〇〇件ほどの配達先を走って回り、午後の客先回りも走っていく。毎日毎日同じ事の繰り返しで、ずっと嫌気が差している。だからといって楽なエリアに異動したいかと聞かれると琢雄は絶対に嫌だというだろう。高校卒業と同時に入社した佐藤急便で、五本の指に入るくらい配達と集荷の個数が多いエリアに配属された。この営業所を支えているのはこの俺だという実感があり、常に充足感があった。集配が終わらず昼食抜きで仕事し、夕食も抜きで仕事し続けた時でさえも、この営業所を支えていること、ここで働く五〇〇人ほどの仲間たちを支えているという使命感が琢雄を支えていた。
 それが今はどうだ。四〇歳を超えたころから少しずつ疲れが溜まるようになってきた。一八歳から四〇歳までは疲れ知らずだったのに。
 入社してからすぐに当時の主任や係長から酒の味を教わった。初めて飲んだのはアサヒビールだったと今でもはっきり覚えている。あの苦みは利尻島から出ることができ、世界が広がったという開放感とともにはっきりと脳裏に焼き付いている。
酒の味を教わったあとは女のことを教わった。深夜一時に仕事が終わると、まず近くの居酒屋に連れて行かれ二時間飲み続け、二件目はキャバクラで朝まで飲み明かした。まともに睡眠も取れず、服も着替えられないまま次の日の仕事へ向かった。琢雄と上司が仕事の日は居酒屋からキャバクラのコース、上司が休みの時は同じ部署の先輩に風俗店へ連れて行かれた。店の前で数万円を握らされ背中をドンと叩かれて強制的に入店させられたことを覚えている。時には先輩と一緒に入店し、それぞれキャストを指名し、待合室であれやこれやと品定めと下世話な話をしながら待ち、プレイを楽しみ、終わったあとはキャバクラか居酒屋で自慢大会をしたものだった。
 そうした日々を過ごしているうちに二〇代が過ぎた。三〇代になると上司からの誘いは少しずつ減っていったが、若い頃に付いた遊び癖は直ることはなく、後輩を誘ってキャバクラで飲んだり、後輩が行けないときは独りでキャバクラに行き飲むこともあった。
 そうして三〇代を過ごしているうちに琢雄は将来について漠然と不安を持つようになった。毎日毎日仕事をして、飲んで少しだけ寝てからまた仕事。後輩や上司が結婚したり子どもが生まれたり、家を建てたり、マンションを建てて不動産投資をしたり、それぞれの人生を堅実に歩んでいくのを見聞きしているうちに、琢雄は自分の人生に対して虚しさを感じるようになっていた。かといって何かを変えることもせず飲んで遊んでばかりいたため、生涯の伴侶はもちろん付き合えるような女性を見つけられるだけの人付き合いはなく、取引先の女性たちも社内恋愛や社内婚で先約は埋まってしまっていた。琢雄にとって、誰かと付き合ったり結婚するための出会いの場は居酒屋やキャバクラにしかなかったのである。

 三〇代も半ばを過ぎた頃、琢雄はキャバクラで口説いた二六歳の亜衣という女性と結婚することにした。
「病める時も 健やかなる時も 富める時も 貧しき時も 慈しむ事を誓いますか?」という言葉に嘘はなかったのだが、今となっては確信を持つことができないでいる。一〇歳以上も離れた年の差婚で、当時の琢雄は「自分の魅力は若い女の子に通じるんだ!」と舞い上がっており、亜衣が望むことはすべて叶えていた。
 例えばショッピングデートの支払はすべて琢雄持ちだったし、ひとたび亜衣が欲しいと言えばルイ・ヴィトンやエルメスのバッグであったりCHANELの財布であったり、グッチのハンドバッグであったり全部その場で買っていた。もちろんそれだけの収入はあったし、琢雄にとって亜衣はそうするに値する女性だという確信があった。だから付き合っている頃の一ヶ月ごとに記念日ディナーは欠かさないでいた。一ヶ月ごとの記念日ディナーだけでなく三ヶ月記念日、半年記念日、九ヶ月記念日、一年記念日、一年と三ヶ月記念日、一年半記念日といった三ヶ月ごとの記念日ディナーは忘れることもなかった。亜衣が毎回違うお店の高級コース料理を食べられるように店探しは毎月必死でしたし、毎回のサプライズも欠かすことはなかった。そうすることが彼女への愛の証明になると考えていたからだ。
 だから亜衣が「大きな家に住みたい」と言ったとき、琢雄に拒むという選択肢はありえなかった。


 谷川瑞月は走っている。
あの事件以降、瑞月はずっと走り続けている。それは身体的に走っているということではなく精神的なものだ。三年前のあの事件以降、瑞月は常に金策に追われている毎日を過ごしている。
 瑞月がWithterraのアドバイザーとして活動していたころ、瑞月が開催したセミナーの出席者たちがアロマオイルを使って人々に健康被害を引き起こしたのだ。瑞月はあくまでWithterraのアロマオイルを使うことで、使う人が少しでも健康になってくれたり、希望を感じられない人々の生活に小さな希望であったり楽しみがもたらされればそれだけでよかったのだ。だから「エッセンシャルアロマオイルで,暗い雰囲気の日本を浄化して,癒やしと赦しの気持ちで日本をいっぱいにする」ことをスローガンとして活動していた。セミナーに出席している人たちもそのスローガンに共感し、さらに広めるために行動することで共感してくれる人がもっともっと増えていく。そうして日本に満ちていた暗い雰囲気を払拭できるのだと瑞月は堅く信じていた。
 それなのに瑞月のセミナーを受けた人たちが、他でもない瑞月が持つ理念を間違いなく広められると信じていた人たちが、アロマオイルを使って誰かを傷つけたことを瑞月は信じられずにいた。
 事件の首謀者として警察関係者の妻が逮捕されたことで一応の収束をみることとなったが、そのあとにインターネット上で自然発生的に広まった私刑はひどいものだった。
 まずWithterraのアドバイザーたちが特定された。事件への直接的な関与が立証できなかったため逮捕や起訴となることはなかったが、大規模テロへ加担したとされSNS上ではアドバイザーたちの個人情報の特定と公開が日夜相次いだ。人の噂も七十五日という諺はあるが、SNSが浸透した現代社会においては七十五日で終わることはなく、個人情報の特定と公開に始まり、事件の被害者達をマスコミや特定厨たちが嗾け民事訴訟にまで発展することになった。一〇〇人以上の被害者家族が、関係すると思われたWithterraアドバイザーは一〇〇〇人規模を一部では集団訴訟、また一部では個人で訴訟を起こすことになった。その結果、事件に関する多くの訴訟が日本全国の裁判所に持ち込まれ、大きな混乱に見舞われることになったのである。
 もちろんそれは瑞月も例外ではなかった。事件前に活発にセミナー活動をしていたことで、首謀者と接触があったのではないかというほぼ断定に近い推論と首謀者にテロを唆したのではないかというこれもまた断定に近い推論がなされ、SNSでの個人情報の特定や公開と訴訟において格好の的となってしまった。
 Withterraアドバイザーとして稼いだインセンティブは、弁護士費用と賠償金に一瞬で消えてしまった。瑞月の元に次から次へと届く民事訴訟の訴状と裁判所から言い渡される賠償金の支払い命令。インセンティブと同じく収入のもう一つの柱であったSNSのインプレッション収入は細々としたが、当時の生活と賠償金の支えになっていたことは間違いなかった。Wthterraという大きな収入の柱を失った瑞月は、SNSのインプレッションと広告収入を広げることでどうにかこうにか生活をしていたのである。
 とはいえ、膨大な弁護士費用と賠償金を支払いながら、SNSで人々の目を惹くような発信をし続けるのはとても困難だった。かつては瑞月の独壇場だった「トレンド発信」は、他のインフルエンサーに取って代わられ、瑞月が彼ら彼女らを出し抜こうとしても年齢的な面はさることながら金銭面でほぼ不可能と言わざるを得なかった。
 そこで瑞月が注目したのが時事ネタである。日々変わる政治情勢や世界情勢を庶民の視点で、女の視点で、時には母の視点で鋭く「批判」する。
 例えば「極右の主張」のいくつかを綺麗な写真とともに投稿したり、三十秒程度のナレーションと目を惹く画像を背景にして動画を作成し投稿する。そうするとあっという間に肯定的な意見も否定的な意見も一緒になっていいねとリポストという形で広がっていく。もちろんその真偽は別だ。拡散することが目的なのだから。発信し拡散しまた発信する。瑞月の世の中に対する批判が拡散し、ある人には共感されていく。また拡散。共感。拡散。
 それを繰り返しているうちに、瑞月はSNSでの新進気鋭の論客としての地位を確固たるものとしていた。権力に媚びない、諂わない一匹狼の政治系インフルエンサー。こうして谷川瑞月はWithterraアドバイザーから政治系インフルエンサーとして名を馳せることになったのである。


 柳琢雄は疲れている。
 一日の仕事が終わった今、琢雄は営業所の食堂でショート動画をずっと見ている。最近は「midu」というアカウントの動画がお気に入りだ。最初の頃はスポーツやお笑い番組の切り抜き動画がお気に入りだった。
 琢雄はテレビ番組を見ない。ニュースはもともと見る質ではないし、バラエティー番組はどこか「やらせ」の感じがあり好きになれない。スポーツは「やらせ」の要素はないし、ニュース番組のように難しい用語がたくさん出てくるわけでもない。
琢雄が好きなのは野球だ。ピッチャーがボールを投げ、バッターが打つ。ストライクが三つで一アウト。アウトが三つで攻守交代。好きな理由はシンプルだからだ。もちろんピッチャーとバッターの駆け引きであったり、攻撃側の走塁策であったりピッチャーへのプレッシャーの掛け方であったり、もっともっと深いところもある。でも結局は投げて打つ、三アウトで攻守交代というだけのスポーツだ。難しいことは後回しでいい。駆け引きの巧拙も後回しだ。ただシンプルなスポーツが琢雄のお気に入りだ。お笑い番組が好きな理由ももっとシンプルだった。ただ笑えること。琢雄にとってはそれだけで見る理由になる。今抱えている辛い現実から目を背けられるならそれでいい。
 そんな琢雄が政治系インフルエンサーと名乗る「midu」のアカウントの動画にハマるのは珍しいことだった。そもそも琢雄はニュースが好きではない。小難しい議論は大の苦手だ。たまに同僚同士が「政府の社会保障政策の改革案は、確かに薬価を下げることによって社会保障費の膨張を抑えられる効果はある。でも製薬会社からすれば苦労して製造した薬だったり膨大な研究開発費を投じて完成させた薬が本来売られるべき価格よりも低く売られることになる。これは果たして良い政策なのだろうか」などと話しているのを耳にすることがあった。そんなとき琢雄は「知らね。好きにすればいいんじゃない?」と思い議論を避けていた。琢雄にとって、世の中はシンプルだ。世の中は善と悪。良いことと悪いこと。それ以外のものはないというのが琢雄の世界観である。
 そんな琢雄だったからこそ「midu」の動画にハマるきっかけはシンプルな物言いだった。難しい用語は一切使わずに世の中のおかしいことを論破していく。「日本の治安は外国人によってめちゃくちゃになっている」。「日本人の血税十億円がアフリカのド田舎国家に! 日本人は国から見捨てられている!」。この女のインフルエンサーは世の中をわかっている。
「政府が進める政策は悪で、日本の安全や利益を失う。このままではあなた自身の生活はもちろん一億総貧乏の時代に突入してしまう。そうならないために今国民みんなが立ち上がらないといけない」
 そう。今のひどい状況を抜け出すためには立ち上がらなくてはいけないんだ。琢雄はスマートフォンの画面に向かって力強く誓った。

 琢雄がこのひどい状況に陥ることになったのは、亜衣が「大きな家に住みたい」と言ったからだ。亜衣は琢雄の全てと言っても過言ではない存在だった。彼女のために彼女が望むことはなんでも叶える。それが琢雄の存在意義となっていた。だから亜衣が「大きな家に住みたい」と言った以上、叶える以外に道はなかった。
 琢雄は望みを叶えた。東京の一軒家とまではいかなかったが、千葉県柏市に五十坪ほどの土地を買い大手のハウスメーカーに施工を依頼した。家には亜衣の希望を全て叶えることにした。三階建て、広いリビング、広い庭、大きなガレージ、最新式のシステムキッチン、全部屋床暖房、暖かみのある家にするための北欧産の木……。ハウスメーカーの担当者は次々と際限なく出てくる亜衣の希望に内心では「絶対にやめておいた方がいい」と思ったところもあったはずだ。それでも琢雄は「一生に一度だから」という理由で亜衣の希望を全て取り入れたフルオーダーメイドの建築設計を頼んだ。メーカーもその設計通りに、むしろ琢雄と亜衣のイメージ以上の家を建ててくれた。
 このときかかった総額は土地そのものの購入費と印紙税、仲介手数料、登記費用、不動産取得税に二〇〇〇万円。建物本体工事費や付帯工事費だけでなく北欧から材木を輸入するために掛かった費用も計上され、建築費用は四八〇〇万円だった。
今まで遊び癖が抜けず、亜衣とのデートにも湯水のように収入のほとんどを使い続けた琢雄にとって総額六八〇〇万円というお金額は途方もないものだった。当然頭金なぞは用意できなかったが、琢雄は亜衣のためとの一心で、全額フルローンで六八〇〇万円を工面したのである。
 琢雄と亜衣の夢のマイホーム。夢の新婚生活。遅咲きながらもバラ色めいた人生が始まると思っていた琢雄は、家の竣工から二年たったある日突如亜衣から離婚を切り出されることになった。
 その時に亜衣から言われた言葉は今でも脳裏にこびりついている。
 まず「今までたくさんバッグだったりお財布だったりディナーだったりサプライズをしてくれたけど、私にとってあなたはそれ以上の存在ではなかった。家まで建ててもらったけど、あなたとこの先ずっと一緒に暮らしていける自信はないの。だからごめんね」と言われ、続けざまに「年上の人だからとても素敵に見えたし、たくさんいろんな経験もさせてもらった。でもあなたとの未来を想像するとどうしても明るい未来にはならないの。私にはもっと素敵な人がもういるし、あなたと暮らしていく理由がなくなっちゃった」と言われた。そして琢雄が言い返す間もなく、「初めて出会った頃はたくさん話をしてたくさん私を笑わせてくれたね。でも私ねすぐに気付いたの。いつも同じ話しかしないんだなって。たくさんのプレゼントはもらったけど、私にとってあなたはそれだけの人だったの」と追い討ちを掛けるように告げられたのだ。
 言われたその時は、ハンマーで頭を殴られたようなショックを感じた。
 俺はお前を愛していたのに。お前の笑う顔が見たくて、ずっと話をしていたのに。
 笑わせるための話が実は少しも笑えない話で、それも離婚を考えるくらい笑えない話だったなんて皮肉もいいところだ。
たくさんのプレゼントや毎月のディナーもプレゼントやディナーが大好きだっただけで、お前の目の前にいる男はただの金蔓としか思っていなかったということなのか。
 お前に費やした五年間、たくさんのお金。愛の証明だと思っていた時間と金はなにも証明することはなかったのか。
 ショックで呆然とする中、琢雄は突きつけられた離婚届に言われるがままにサインをした。琢雄にその行動するかどうかの判別をつけられるだけの余裕はなかった。同時に亜衣の弁護士と名乗る男性から差し出された離婚調停書類があった。弁護士が財産分与や離婚に関する慰謝料について説明しているのが聞こえていたが、琢雄にそれを理解する余裕ももちろんなかった。ただ単にショックで理解ができなかっただけでなく、弁護士から繰り出される専門用語の数々に拒否反応が出てしまい弁護士が話す全ての言葉が琢雄の頭を素通りしていった。
 サインすれば終わる。サインさえすれば、このショックから立ち直る方法を見つけることができる。その一心しかなかった琢雄は、弁護士の説明が終わるとすぐにサインをしてしまった。
 やっと終わる。そう思った琢雄に向かって亜衣が言った言葉も脳裏にこびりついている。
「じゃあこれで離婚成立だね。この家は私のものになるから、あなたは一週間で出て行ってくれる?」


 谷川瑞月は疲れている。
 この日五本目のショート動画を投稿し終えた瑞月は、休む間もなくMacBookを立ち上げZoomのアプリを起動した。今から瑞月が運営しているオンラインビジネスの定例会議が始まるのだ。
 Withterraアドバイザーとしての安定した収入を失って以降、瑞月はSNSやショート動画でのインプレッション収入や広告収入を主な収入源として生活をしてきた。それでもやはり予期せぬ炎上や望まない炎上によって、アカウントが凍結されたり名誉毀損罪などで訴訟され、裁判費用や多額の賠償金を請求されるリスクは常に頭の片隅にあった。そこで瑞月は収入源を増やすために様々な事業を始めたのである。
 例えば有料のファンクラブでは月に何度か瑞月とフォロワーたちとの食事会を催している。一番高価な月額プランでは週一回の食事会と世の中の問題について瑞月の意見を直接聞けるチャットルームへの入室が認められる。月一万五千円と決して安くはない金額だが、二〇人ほどが入会している。その他月一万円のプランでは週一回の食事会のみ、月五千円プランでは月一回の食事会のみと三つのプランを設けている。当然と言うべきか月五千円のプランに加入しているフォロワーが最も多く、このファンクラブは瑞月の生活を支える貴重な収入源となっている。
 それ以外に新宿区にある雑居ビルの二階にある小さなカフェを経営しており、「政治談義が遠慮できるカフェ」として週三日の営業にも関わらず日本の将来を憂いている人たちで毎日満席で、とても白熱した議論が交わされている。このカフェで瑞月は長田和夫という男性医師と知り合うことになった。瑞月がかつて日本を変える方法としてアロマオイルに注目していたのだが、長田は医療という面から日本を変えていこうという情熱を持っており、カフェで瑞月と会う度に現代医療の問題点であったり、西洋医学が東洋医学に比べていかに劣っているかを熱弁してきた。
 長田曰く「西洋医学というのはその文字の通りヨーロッパで生まれ、ヨーロッパで発展した学問です。学問の蓄積を考えるとヨーロッパに住む人にのみ効果的であるはずなのに今では洋の東西を問わず世界どこでも西洋医学がはびこっている。私はね、東洋人、とりわけ日本人に合った医療を提供したいんですよ。それは東洋、日本に古来から根付いてきた漢方薬であったり自然の力を借りた医療なんです。私は日本人が遺伝子レベルで求めている医療を提供したい」
 瑞月は毎回同じ温度で話す長田の姿に圧倒された。それは瑞月自身が今までうっすらと疑問に思っていたことをはっきりと長田が言葉にしてくれたからだ。
 瑞月には子どもが二人いる。二人とも小さい頃はよく風邪を引いた。インフルエンザに罹ったり、プール熱に罹ったり、水疱瘡になったりもした。その度に病院へ行き、解熱剤の粉薬やらカプセルやら錠剤やらのカタカナばかりの薬をもらっていた。瑞月はいつも不思議だった。
「なぜ病気に罹ったときは薬に頼らなければならないのだろうか」と。
 薬というのは化学物質のことであって、それを医者が言うというだけでなんの疑いもなく飲むというのは実はとてつもなく危ない行為なのではないだろうかと。最近日本人に多い自閉症やADHDや鬱病、がん、認知症……。これらは薬という化学物質のせいなのではないだろうかと瑞月は確信がないもののずっと感じていた。
 その疑念を医師である長田に聞いてみると、瑞月が予想していた通りの回答が返ってきた。
「谷川さん、いいところに氣付きましたね。私たちが今直面している自閉症やADHD、鬱病、がん、認知症は西洋医学がもたらした負の側面なんです。飛躍しすぎですって? いやいやそんなことはない。考えてみてください。たとえば江戸時代に自閉症なんて言葉はありましたか? がんなんて病気はありましたか? 認知症は? なかったでしょう? 結局のところこういう病気は明治維新を経て日本に入ってきた西洋医学がもたらした病気なんです。私たちは明治維新からずっと西洋に苦しめられてきたんです」
 長田は瑞月の目をまっすぐ見つめながら続ける。
「前も話したと思いますけど私はね、こうして二〇〇年近くにも渡って西洋に苦しめられてきた日本、いや大和大國を救いたいんです。今この國では何千年も受け継がれてきた大和魂が犯されている、穢されている。だれがしていると思います? 日本人ですよ? いや正確に言えば日本人の皮を被った野蛮な西洋人どもです。こういう似非日本人は外国の手先なんです。そうなんです。テレビだってそうです。新聞もそう。官僚もそうです。今の日本はこういう似非日本人たちが支配しているんです。私はねなんとかこの現実をぶち壊したい。古の大和大國が持っていた忍耐強さであったり真摯さであったり優しさであったり和を以て貴しとなす素晴らしい精神であったりを西洋の手先から取り戻したいと思っているんです」
 瑞月が身を乗り出して「じゃあどうやって取り戻すんですか?」と聞くと医師でありいまや政治家の顔も覗かせ始めた長田は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせてこう言うのである。その目はまるでクラスで誰もわからない問題が自分だけに解ける問題であり、先生と生徒全員の前で意気揚々と黒板に答えを書いていく時の小学生のような目であった。
「私が考えているのはなんといっても『人』です。といっても学校じゃありません。病院で治すんです。外敵に侵略された日本人を治療して、古の大和大国を建国できるような『仁財』をこの世に送り出したいんです」
 そのあとも蕩々と出てくる長田の言葉を、瑞月は一言一句聞き漏らすまいと身を乗り出して聞いていた。


 柳琢雄は笑みを浮かべている。
 今話題の精神科病院の予約が取れたからだ。キャンセル待ちの予約をしていたのだが、前日になってキャンセルが出たようで本来なら三ヶ月待ちの診察が明日には受けられるようになったのだ。
 この一〇年弱、琢雄は亜衣と離婚したという事実を忘れることができずにいた。唯一忘れられる時間は仕事の時間だけだった。朝は六時から夜は二一時まで休みなく体を動かし続けているこの仕事は、脳裏にこびりついた亜衣の言葉から目を背けるには最適だった。動かなければ仕事は終わらない。余計なことを考えていても仕事は終わらない。
 動け。走れ。
 そう自分に言い聞かせて、自分を鼓舞している間は自らを取り巻く悲惨な現実から目を背けられる。だがそれもだんだんと限界が見えてきている。加齢による衰えと六八〇〇万円のローン返済という現実は琢雄の眼前にそびえ立っており、その現実が琢雄を日に日に憂鬱にさせていく。この現実から目を逸らそうとSNSとショート動画にのめり込み、結局目を逸らせられるだけの体力と精神力を取り戻せないという現実もまた、琢雄を眼前にそびえ立っている。

 今まで自分が抱いていた愛情が独りよがりであったこと、亜衣から言われた離婚の言葉、六八〇〇万円の土地付き三階建て住宅をたった一筆の署名で手放さざるを得なくなったときの衝撃、帰る家がない恐怖、亜衣への慰謝料と六八〇〇万円のローンの督促、日々の生活がままならないこと……。
 所詮「世の中は金」である。全くその通りであると琢雄は思う。生きていくためには金がいる。けれどもその金を生み出すにはまた金がいる。その生み出すための金を生み出すにはまた金がいる……。じゃあ生み出すための金はどうやって稼ぐんだ? 離婚の慰謝料と多額のローン返済を抱えた琢雄にとって月の稼ぎでは足りるわけもなく、当然の帰結として琢雄はギャンブルに手を出した。
 中でも琢雄がのめり込んだのはパチンコであった。月の手取り五〇万円から慰謝料と家のローンを返して残る数万円を握りしめ、パチンコ台へ向かう。
 パチンコ玉は一円一玉で大量に換金し、出ると感じた台に座り一心不乱に打ち続ける。当たれと念じる。生活を、人生を賭けて右手を回す。右手の感触と画面に映し出されている三列のスロットに全神経を集中させる。この時間、この瞬間もやはり琢雄は自らを取り巻く悲惨な現実から目を背けることができている。
 勝てば暖かい食事と暖かい部屋、ふかふかで寝心地が良いホテルのベッドが待っている。負ければカップ麺一つだけ食べられれば良い。給料日前で負けてしまうと公園の水飲み場で水だけを飲む日もあった。寝床は良くてネットカフェ、悪ければ橋の下のコンクリートの土手で寝袋に包まるのみだった。
 亜衣から離婚を突きつけられてたった一週間で住む家を失った琢雄は、住居を借りられるだけの蓄えがなかったため、ほとんど路上生活者といっていいくらいの生活を送っていた。離婚してから琢雄の全財産は大きなバックパック一つに詰め込めるくらいの会社指定の制服と数枚の私服、下着数枚、寝袋それにスマートフォンだけだった。これ以上持ちすぎると会社の同僚達に怪しまれてしまうし、なによりも夜に盗難に遭う危険が増す。だから琢雄は大きなバックパック一つに全財産を詰め込み、佐藤急便の営業所とパチンコ店とコンクリートの土手と時にはホテルをぐるぐると回り続けている。
 四六時中金に追われながら路上という過酷な衛生環境での生活。離婚するまでは病気知らずの琢雄だったが、離婚してからは二ヶ月に一回は風邪を引いている。病院に行くだけの金を用意できない琢雄はそれが風邪なのかそれとも新型コロナウイルス感染症なのかインフルエンザなのかも判断が出来ないでいる。いつの間にか治るのだからと割り切って病気は受け入れなければならなかった。
 琢雄は直面している様々な問題から目を背けるために、仕事に必死で打ち込み、休憩時間はSNSとショート動画の世界に身を投じ、仕事がない時間はパチンコ台に向かい続けてきた。だが五年ほどそんな生活を送っていると自分の体も心もかなりすり減ってしまった。自分の生活を変えたい、変えなければならない。そう思った時に「midu」というアカウントの動画が目に付いた。
 彼女は三十秒のショート動画の中でこう言っている。
「政府が進める政策は悪で、日本の安全や利益を失う。このままではあなた自身の生活はもちろん一億総貧乏の時代に突入してしまう。そうならないために今国民みんなが立ち上がらないといけない。そのために私たちは、日本人は『仁財』を必要としています。私、miduはこの動画を見ているあなたが新しい『仁財』になることを心から応援しています!」
 動画の終わりには五秒ほど「長田メンタルクリニック」という病院のURLが表示されている。病院のホームページを見ると「いまつらいあなたが本当に求める医療を提供します。私たちは仁の心でみなさまに寄り添います」と書いてある。
琢雄は院長と名乗る長田和夫の人懐っこそうな丸いくりくりとした目と穏やかそうに広角を挙げ口元を綻ばせた笑顔を見て、この先生なら俺のこのひどい現実に寄り添って、まっとうな人生を送られるような手助けをしてくれるのではないだろうかと感じた。クリニックは大盛況のようで、土日はもちろん平日の昼間の時間でさえも予約が埋まっておりキャンセル待ちの標示が三ヶ月に渡って表示されている。
 琢雄は一抹の希望となけなしの現金を持って、次の平日休みの朝一番の時間を指定し長田メンタルクリニックの診察のキャンセル待ち予約をした。


 長田和夫は笑みを浮かべている。
 長田がいるのは二週間前に開業したばかりの長田メンタルクリニックの院長室だ。このクリニックを立ち上げるにあたり、谷川瑞月の援助は非常に貴重だった。
 彼女はクリニックを運営する医療法人を立ち上げ、理事長も務め、それ以外の点でも長田が患者の診察に集中できるように方々に手を尽くしてくれた。さらに彼女のインフルエンサーという立場を最大限に活用し、このクリニックがどのようにして日本國を変えていくのかをわかりやすく世間に発信してくれた。
 おかげで長田は患者一人一人の問診票とカルテにじっくりと目を通すことができている。大和大國を復活させられるような有望な「仁財」を見極めることに集中している。
 彼の慧眼に値する「仁財」はクリニックに入院することになり、長田が自ら考案した治療カリキュラムを通じ患者自身が持つ思想や信念と決別し、大和大國の魂を体現し、発信し、拡大させられる「仁財」へと「聖超」していくのだ。それ以外の患者は取るに足らない人間として長田以外のスタッフがこの国で標準治療と呼ばれている方法で治療をしていく。
 凡人は凡人が診る、「聖超」されるべき「仁財」は仁の体現者である長田が診るという分業体制が、この長田メンタルクリニックでは確立されていた。
 今、長田の手元には「柳琢雄」という男性が記入した問診票がある。問診票には「急な離婚を告げられたこと」や「自らの収入以上のローンを組んでしまったことによる経済的な困窮」、「まともに住まいがなく、路上と会社、ネットカフェを転々としながら生活」していること、「収入のほとんどが離婚の慰謝料と多額のローンの返済に充てられる」ことなどが書かれている。こうした外的な要因により柳琢雄には非常に強い身体的かつ精神的ストレスがかかっている。その他にも双極性障害と考えられるような語句の表現が見られたが、それらは長田にとって些細な問題であった。むしろ柳琢雄が抱えているこの非常に強いストレスと日常生活における支えがないということは、長田が求める「仁財」像として申し分ないものだった。
 長田は満面の笑みを浮かべながら柳琢雄を入院措置とし、治療カリキュラムを適用することに決めた。

 柳琢雄は読んでいる。
 今琢雄が病室で読んでいるのは、長田和夫から渡された「経典」である。
 琢雄が長田メンタルクリニックに到着し、待合室から診察室に入ると院長の長田と名乗る、人懐っこそうな丸い顔にくりくりとした目と穏やかそうに広角を挙げ口元を綻ばせ笑みを浮かべた人物が待っていた。
 琢雄は問診票に記入した内容とほぼ同じことを話した。今まで受けてきた理不尽さや今感じている不安さを伝えるため時には怒鳴るように、時には泣き入るように、また時には怒鳴り長田に詰め寄るようしながら一時間に渡って滔々と話し続けた。長田院長はその間一言も喋らず、一文字もメモを取ることもせず、ただ頷きながら聞いていた。
 語り終わった後、琢雄は電池が切れたように動かなくなり、涙を浮かべたその目は長田院長を見つめていた。
 長田院長も彼をしっかりと見つめ、懐っこそうな丸い顔にあるくりくりとした目に気の毒さと慈愛に満ちた同情を浮かべながらこう言った。
「柳さん、今日までよく頑張りましたね。あなたの頑張りはお天道様がちゃんと見ています。お天道様が見ていなくたって私がちゃんと見ています。あなたは本当に頑張った。その頑張りに見合うだけの報酬を受け取るべきだ。私はそう思います。報酬といってもお金じゃありません。もちろんお金は受け取るべきなのでしょうが、今のあなたに必要なのはしっかりと休むことだ。美味しい、暖かい食事をたくさん食べて、ふかふかのベッドでぐっすり眠ってまた美味しい食事を食べる。そうしてじっくりと体力と気力を養ってから今までの頑張りに見合うだけの報酬を受け取りましょう。ええ、ええ。このクリニックはそういう施設もあるんです。社会で頑張りすぎた人を『仁の精神』を以て治療して、また社会に送り出す。そのため世の中で言うところの入院となってはしまいますが、悪いようには考えないでください。柳さんがこの社会で正しく評価される準備のために必要なことなんだと思ってください」と。
 それから長田院長は、琢雄が社会に復帰するためには「仁の精神」を備えた「仁財」にならなくてはならない、そのためにこの病院で「経典」を読み「仁の精神」を備えなくてはならないと話した。
 琢雄は、長田院長の話にずっと聞き入り、時には涙を流しながら聞き続けた。この先生なら俺の人生を、金も家も希望もない、何もかもが失われた人生をまっとうなものにしてくれる。そう確信した琢雄はその日のうちにクリニックの二階にある入院病棟で入院することにした。
 琢雄は、自分に必要なのは暖かくて美味しい食事とふかふかのベッドでの十分な睡眠、そして自らの人生を照らす「真実」であると思っている。そしてその「真実」は、今琢雄の目の前にある「経典」の中にある。
 琢雄は長田メンタルクリニックに入院してからずっと、「真実」を見つける一心で「経典」を読んでいる。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を復興しなければならない……』



 柳琢雄は読んでいる。
 彼がこの長田メンタルクリニックに入院してから五日が経とうとしていた。
 最初の三日間、食事は充実していたし好きなだけ眠ることができた。おかげで彼はこれまでのホームレス生活では得られなかった熟睡というものを満喫することができ、心に大きなゆとりを持って「経典」を読むことができた。
 雲行きが変わったのは四日目の朝だった。いつものようにミシュラン五つ星のレストランで出てくるような豪華な食事が出てくると思った琢雄は出てきたものを見て目を疑った。
 トレーに置かれているのは握りこぶしくらいの大きさのレメディと呼ばれる砂糖玉とミネラルウォーターだけであった。そのペットボトルには「活性酸素に負けないための! 富士山から生まれた水素水」という文字が踊っている。食事を持ってきた看護師になぜこれだけなのかと聞いても「院長のご指示です」としか答えない。納得できず問い詰めても同じ答えしか返ってこなかった。
 昼食は野菜のみのメニューで、ドレッシングはなく、調味料すらない質素なものだった。
 夜はまたレメディと水素水が出された。天から地に落ちたかのように質素になった食事に不満が募り、琢雄は何度も何度も看護師を問い詰めた。それでも看護師は「院長のご指示」とだけしか答えなかった。
 長田院長に直談判しても、院長は「レメディと日本國の土で生まれた御水と食物を摂り、『経典』を暗唱し、『仁財』に『聖超』しなくてはならない」との一点張りで相手にはされなかった。
「仁財」に「聖超」するためには、レメディと富士山の水素水と野菜の食生活、そして「経典」の暗唱をしなければならない。そう気付いた琢雄は質素になった食事を受け入れて「経典」を読み続ける。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を復興しなければならない……』


 
 柳琢雄は叫んでいる。
 彼が今叫んでいるのは、長田院長から授けられた「経典」の冒頭だ。
 入院してから一週間が経ち、「仁」を備えた「仁財」となっているかを審査する退院審査が長田院長の下で行われた。
一言一句間違わずそして「経典」が現している「仁の精神」と大和大國の魂を体現し、この国を変えていくべき「仁財」であるということを審査委員長である長田院長に示さなくてはならない。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を復興しなければならない……』


「待て」と長田院長の鋭い声が飛ぶ。
 琢雄は仁の精神を以て暗唱していたと思っていたのになぜだろうかと訝しむ。と同時にかつての生活への郷愁の念を長田院長に感じ取られてしまったのだろうかという思いが芽生えてくる。そんなことを思ったことはないのに。
 その心のぐらつきを見透かしたように、長田院長は「過去の精神と訣別出来ていない。『仁の精神』がない」と一喝し、きっぱりと不合格を告げる。
 琢雄は次の退院審査までの一週間、再び「経典」と向き合い過去の精神と訣別しなくてはならない。


 柳琢雄は叫んでいる。
 入院してから二週間が経った。前回の退院審査から一週間、食事の時間以外は「経典」の暗唱と過去との訣別のための瞑想に時間を割いてきた。それと相反するように、入院始めのころに得られた熟睡は日に日に得られなくなっている。 
 琢雄は二週間の入院生活を通じて、かつてのホームレス生活が懐かしいと思い始めていた。良いベッドでぐっすり眠ることができるのはありがたい。だが、四日目以降続いている質素な食事と「経典」の暗唱に少しずつ疑いを持ち始めていた。
 だが今は審査だ。審査に合格し元の生活に戻る。その一心で琢雄は大声で「経典」を暗唱する。
 長田院長が求める仁の精神を体現する「仁財」であると証明し退院審査に合格するために、琢雄は長田院長の前で「経典」を叫んでいる。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を「復活」しなければならない……』


「違う。失格。『経典』は一言一句間違えてはならない。そんなことは言語道断である」と長田院長が一喝する。
 琢雄は自らのミスに気付き一瞬で青ざめる。
 ここは「復興」なのだ。先週はちゃんと暗唱できたのになぜ今週はミスをしてしまったのだろうかと急に疑問が湧いてくる。と同時に、ここ数日で生まれたかつての生活への郷愁が長田院長に伝わってしまったのだろうかという思いも芽生えてくる。
 琢雄の心に生まれた疑念と郷愁の念を見抜いたように、長田院長が「それにまだ過去の精神と訣別できていない。『仁の精神』には程遠い」と告げ、不合格と断じる。
 復活、復興、ミス、過去の自分、精神、訣別、仁の精神、不合格、一週間……。いくつもの単語が琢雄の脳内でぐるぐると回っている。
 琢雄はさらに一週間「経典」と向き合わなくてはならない。


 柳琢雄は叫んでいる。
 入院してから三週間が経ち、彼は長田院長の前で退院審査に臨んでいる。先週のようなくだらない間違いはしないと心に誓い、仁の精神をしっかりと念じる。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を復興しなければならない……』


「ダメだ。やっぱり君は仁の心を体現できていない。この『経典』の心である『仁』がなにかわかっていない。自分の力で氣付くまで何回でも読み暗唱し、読み暗唱し続ければならない」
 長田院長の御言葉は琢雄の耳には入らずに素通りしていく。何が原因で失格と告げられているのか、長田院長がご指摘されていることはいったいどういうことなのか。全ての御言葉がぼやけたまま、琢雄の耳から脳へと素通りして消えていく。
 入院が一週間延びると告げるその御言葉もぼやけたまま、琢雄の耳と脳を素通りしていった。

 柳琢雄は叫んでいる。
 前回の退院審査から一週間が経った。この一週間で仁の精神を体現する「仁財」として修練を積んできたつもりだ。きっと長田院長から退院の御言葉を頂戴できるはずだ。
 だが琢雄の頭の片隅では一片の疑念が生まれている。
 長田院長から頂戴する不合格の御言葉。院長の御言葉は有り難いものであるはずなのに、怖い。
 その恐怖に気付かないように、打ち消すように琢雄は今日も暗唱する。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を復興しなければならない……』


「全然駄目だ。声色に恐怖が感じられる。そんな精神の持ち主は『仁財』ではない。過去の精神と全く訣別出来ていない。きみはこの一週間『なに』と向き合ってきたんだね? きみが向き合ってきた『もの』は本当に過去のきみの精神なのか? この三週間は全く無駄だった。なに一つ『聖超』などしていない」と、琢雄は長田院長から御言葉を頂戴する。
 それでも琢雄の耳に長田院長の御言葉は届いていない。三週間以上も長田院長の氣が込められたレメディを頂戴しているのに、院長から発せられる御言葉が耳に入らない、理解できない。レメディと水素水が中心の食生活が続いているせいで栄養が足りていない。脳に、思考に必要な栄養が足りていないのだ。
 琢雄の入院がさらに一週間延びることが決定された。


 柳琢雄は叫び続けている。
 柳琢雄は三回目の退院審査の後から休むことなく一心不乱に叫び続けている。
 自らの精神の内にある「仁の精神」に氣付くべく。長田院長が理想とする「仁の精神」を体現する「仁財」となるべく。大和民族として立ち上がるべく。神國日本を復興すべく。

『かつて日本が大和大國と呼ばれていた頃、この國に暴力の居場所は一片たりとも存在せず、大和大國の臣民たる大和民族はその忍耐強さと紳士さを以て、このアジアにおける雄として君臨していた。
数千年の時と二度の大戦を経た今や、西欧の劣等種たる野蛮な西洋人達が徒党を組み大和撫子の純潔を辱め、我らが大和民族の牙を折り、大和大國の社会全体を牛耳り、大和大國の魂たる「夫婦同姓」や「家父長制」を変革する種を蒔いたのだ。その種は大東亜戦争が終結してから七〇年が経ち芽吹き、大和大國の魂を蝕み、かつてアジアの雄たる、アジアの支配者階級たる大和民族の魂を穢しているのだ。
我々大和民族は七〇年の雌伏の時を経て、今立ち上がらなければならない。神國日本再生のため、米帝に押しつけられた日本國憲法を廃し、天皇陛下が欽定された大日本帝國憲法を改めて賜り、外敵から持ち込まれた別姓愛や夫婦同姓といった病を治し、今こそ神國日本を復興しなければならない……』

コメントを残す