【過去作品】『明けない夜―犯罪行動心理等分析室捜査ファイル―』⑧

 こんにちは。井桁です。
 年末の忙しい時期にお騒がせしております(?)。
 ついに最終章です。今回もよろしくお願いいたします!

8.明けない夜

 三崎創が起こした連続殺人事件は、被害者四名、犯人射殺という結果で幕を閉じた。事件の発覚から一週間かからずに解決されたことは、この種の凶悪犯罪では異例のこととして警察内では大きく評価された。
 それにも関わらず、マスコミは想定通りの取り上げ方をした。
 曰く、「なぜこの凶悪犯罪の情報を国民に対して隠していたのか」、「なぜ逮捕直前になって捜査状況を公表したのか」、「なぜ発足してすぐのチームに捜査の指揮を委ねたのか」、「プロファイリングという捜査手法によって被害が拡大したのではないか」など、彼らにとってネタになりそうなことはすべて取り上げて報道した。
 しかし、警察が予想していたほど報道は盛り上がらなかった。結果として、警察庁長官とCBMATの評価は上がり、プロファイリングの有用性についても一定の評価がされる形となった。
 CBMATはこの事件での功績により、警察庁から警視庁刑事部への異動が決まり、警視庁管内だけでなく、日本全国で起きる凶悪犯罪や未解決事件に介入する権限が与えられた。
 そのCBMATの中で、ケイトだけは浮かない顔で今回の事件ファイルを見ていた。そもそも、日本国内での人事異動や報道について出来ることがほとんど無かったからだ。しかし、それ以外の理由が彼女にはあった。
 藤本香瑠の自宅に突入し犯人を説得しようとして失敗になったことは、彼女にとってショックな出来事だった。
FBIにいたときこういうことはよくあったし、今回の犯人像からしても十分にあり得る結果だったが、それでも何か腑に落ちない気分だった。
 こういう言葉を彼にかけていれば、ナイフを置いたかも知れない、発砲直前の彼の行動は脅しだったのかもしれない、など無数の可能性があった。
 それはすべてケイトの脳内を駆け巡り、シミュレーションされ、「ああなるしか無かった」という結論に達する。それでもケイトの頭は、何度も何度も他の可能性をシミュレーションし続けていた。
 終わらないシミュレーションから逃げるように、ケイトはファイルを見ながらぼんやりとしていた。
 夕方のオフィスで、ケイトがもの思いに耽っていると、大平たち三人が声をかけてきた。
「これから少し飲みに行くんですけど、ジャロウさんもどうですか?」
 いつの間にか、彼らはケイトを捜査官とは呼ばなくなっていた。そのことに少し嬉しさを感じながらも、ケイトは申し訳なさそうに答えた。
「すみません。もうちょっとファイルを見たいので、また誘って下さい。お疲れさまです」
「そうですか。じゃあ、また明日」
 大平たちはめいめいに頭を下げてオフィスをあとにした。

 ケイトは再びファイルに目を落とした。ファイルの中には、「Samway」という文字が何度も出てくる。今回の事件の中心であり、普通のサラリーマンを一人のシリアルキラーに変えた会社の名前だ。
 ケイトは単純な興味と無限のシミュレーションから抜け出したい思いで、「Samway」を検索してみた。
 出てきたのは会社のホームページと『成功』、『自由な生活』、『フリーランスへの道』、『私らしい生活』という響きの良い言葉で書かれたブログがほとんどだった。
 結果をもっと見ていくと、この会社の裏の顔が見えてきた。だんだん『Samwayはマルチ商法』、『Samwayの勧誘がひどい』、『Samwayに洗脳された人の末路』という文字が目立ってきた。
 検索する前とは別の興味で、ケイトはある人が書いたブログを開いた。そこにはSamwayに人生を壊され、同じ思いはしてほしくないという悲痛な言葉が綴られていた。
 そのブログには、投稿者の母親がSamwayだけでなく他のマルチ商法に関わっていることも書かれていた。「With Terra」、「Young Life」。それ以外にもたくさんあった。一回の受講に三〇〇万円もかかるような自己啓発セミナーに通い詰めていたことも書いてあった。
 根拠の無い言葉に惑わされた母親。そして崩壊していく母親をただ傍観していただけの父親。日々の生活費すらもままならないのに、名ばかりの自己啓発セミナーに通い、ブランド物を買い漁る母親。
 読めば読むほど悲しくなる内容だったが、唯一ケイトの救いになったのは、ブログを書いた人が両親から自立していたことだろうか。
 ブログに出ていたいくつかの会社名や人物の名前――その中には藤本香瑠の名前もあった――で再びブログを検索すると、目を覆いたくなるような内容が並んでいた。
 いや。そのブログに悪いことは書かれていなかった。言葉自体は、悪い言葉は並んでいない。しかし読んでみると、何一つとしてケイトは共感出来なかった。それほどまでに内容の薄いブログだった。
 そして、それに条件反射的に賛美の声を送る読者たち。こんなものが自己啓発としてまかり通ってしまう日本社会に絶望しそうになった。
 例えばこんなことが書いてあった。

『お金は遣ったら遣った分だけ自分に還ってくる!』
『貯金は実質的には赤字!!』
『罪悪感とかは本当に要らない感情なんです!』
『胎内記憶――赤ちゃんは親を選んで生まれてくる』
『自分が救われることはあの人も救われる』
『愛と幸せと豊かさと美しさの中心には、真の女がいます』
『宇宙レベルの設定変更セミナーに行ってきました! 最高でした!』
『With Terraのエッセンシャルオイルはすべての病気に効くことが分かりました!』
『この世の真理はすべて喜び!』

 ブログにあった写真から推測すると、投稿している人たちはケイトと同年代か少し上のはずだったが、今までの社会生活で何を学んできたのだろうかという感想しか持てなかった。
 ケイトは、ブログに書かれている言葉が一言も理解が出来なかった。
 仮に自己啓発だとするなら、私たちはこの言葉から何を学ぶことが出来るのだろうか?
 ケイトの脳裏に印象に残っていた一つの言葉が蘇った。

『人生最大の損失は死ぬことではなく、生きているうちに心の中で何かが死ぬことだ』――ノーマン・カーズンズ

 まさにそういった意味で、彼ら彼女たちは「死んで」いた。
 そして何よりもケイトを驚かせたのは、彼ら彼女たちには一定数の「信者」がいることだった。何も疑問を持たずに「教え」を讃えて受け入れるだけの人々。
 そしてその「教祖」たちはすべて繋がっていると分かったことも、驚いたと同時に言い知れない不吉さを感じさせた。もはやこの「教祖」たちとその取り巻きは、精神病質者(サイコパス)と社会病質者(ソシオパス)の集団にしか見えなかった。
 いずれカルト的な要素を持つ団体まで発展すれば、一九九〇年代に日本国内で起きた地下鉄サリン事件のような、凶悪犯罪集団になることも考えられた。あの新興宗教も最初は穏健に活動していたはずだった。ヨガ教室かなにかを勧誘文句に信者を増やしていたが、最終的に八〇年代から九〇年代にかけて日本を揺るがすテロ事件を起こしたのだ。
「What the hell……?(なんてこと……?)」
 ケイトは、今回の事件とは別の報告書を作成することにした。今回の事件の原因に関連していることは明らかだったし、仮にも日本の治安維持を担っている者としては、見逃すわけにはいかなかった。
 それから分析官の佐武奈美にも連絡しておくべきだ。令状が出るかどうかは別だったが、十分注意、そして監視しておくべき集団だ。
 コーヒーを淹れてから、深夜のオフィスでケイトは報告書を作り始めた。長い夜になりそうだ。

 最終章ですが、エピローグもあります!!
 次回が最終回になりますので、よろしくお願いいたします!

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