こんばんは。井桁です。
2019年の作品です。今日は第六章になります。
終盤直前です。よろしくお願いいたします!!
6.追うもの
未解決事件のプロファイルする日々が終わりを告げたのは、ある事件のプロファイリングがきっかけだった。
いつものように、大平が被害者と発見された状況について説明を始めた。
「まず、被害者は二二歳と二一歳の女性会社員二人、高橋美希と村田綾だ。二人とも高橋の自宅マンションで殺された。発見されたのは三日前だ。村田の方は首の骨を折られて殺されていた。この殺され方は特殊だが、高橋の方はもっと特殊だ。椅子に縛られて体を複数箇所刺されている」
ケイトは、ここまでの話と現場写真を見ると凶悪犯だと確信した。FBIで何度も対峙し逮捕してきた――それが出来ないときは射殺してきた――犯人と同じだ。大平はさらに続けた。
「さらに、現場から高橋のスマートフォンが持ち去られたことが分かっている。バッテリーが抜かれているか壊されたか分からないが、今どこにあるかは不明だ。被害者同士の繋がりについてもまだ捜査中だ。村田のスマートフォンも無くなっていたから、現場は強殺のセンも疑っている。高橋の方の凶器はキッチンナイフとキッチンバサミだ。刺されたのは両手と腹部、そして心臓と首だ。腹部だけはキッチンバサミで、それ以外はナイフで刺されている。首は複数回刺されており、あまりに悲惨だったので高橋の遺体は司法解剖が行われた。その結果、傷の周りの臓器や動脈がひどく損傷していたため、ハサミは刺された後に何度か開閉されていたことが分かった」
ケイトは、大平が話し終わるとすぐにこう切り出した。
「明らかにサディストの犯行ですね。FBIでこれと類似した事件を何度も扱ってきました。明らかになっているのはこの一件だけですが、次があるか過去に同じような犯行に及んでいるのは間違いないでしょう。殺害の手口から、犯人は明らかに高橋に対して強い憎悪を感じています。そして現場から無くなっているスマートフォンの意味は、犯人にとって何か見られては困るものがあったか、署名的行動か犯人の戦利品とも考えられます。一般的に戦利品は、体の一部もしくはアクセサリーなので確証はありませんが、いずれにせよスマートフォンだけが無いというのは特徴的です。強盗殺人の可能性は無いでしょう」
大平が続けた。
「そう。俺たちがジャロウ捜査官に教わってきたような犯罪だ。写真から見ると室内に争った形跡がないし、食事の準備もしていることから、犯人は二人の共通の知り合いだろう。現場の捜一は強盗殺人か三角関係のもつれが原因と考えているが、どう分析する?」
「ジャロウ捜査官と大平さんが言うように、明らかに普通の殺人犯では無いですね。だからこそ、三角関係のもつれよりもずっと深い理由があるはずです。まずは、被害者同士の繋がりを探るのが先決だと思いますね」
と五十嵐が言った。それを聞いて今泉も続ける。
「被害者がなぜ選ばれたのかが大事になるでしょうね。資料を見る限り手口は『秩序型』でしょうか。ですが、なぜ村田綾は同じ場所にいたのに拷問を受けずに殺害されたのか。彼女と犯人の繋がりも鍵になると思います」
大平はここまでの三人のプロファイルを聞き終えると、少し満足した表情でこう言った。
「全く持ってその通りだ。俺も現場は長かったし、今泉も五十嵐もそれは同じだろう。だがこんな凶悪事件は見たことがない。それにジャロウ捜査官と今泉が言ったように、シリアルキラーの可能性も大きい。だからこの事件については、長官の命令でCBMATが主体で捜査を進めることになった。これから担当の所轄署へ行く」
ケイトはそれを聞いて安心した。
「次の被害者が出る前に、私たちで犯人を止めましょう」
担当の刑事は長谷川と名乗った。彼は安堵の表情を浮かべながら四人を迎えた。
「正直助かります。こんな恐ろしい事件が起きるなんて思っていなかったので。ちょうど捜査本部を立ち上げて、記者会見も開いて注意を呼びかけるところです」
それを聞いてケイトは焦った。
「ちょっと待って下さい。そんなことをしたら犯人を刺激することになります。犯行がエスカレートして、さらに被害者を出すことになりかねません。記者会見は中止して、捜査本部の立ち上げは静かに進めて下さい」
長谷川は面を食らったような顔をした。
「日本ではこういう事件でのマスコミ発表は大事なんです。あとになって、なぜすぐに公表しなかったのかとか、マスコミに批判される材料は与えないのが基本です」
ケイトは保身のためとしか思えない長谷川の言い分に反論したかったが、話し始める前に大平が口を開いた。
「我々も現場を知っているから、それは分かる。けどここは従ってくれないか? 犯人を早く捕まえるために、そして何よりもこれ以上被害者の数を増やさないために。それにこれは警察庁長官の命令だ。こんなことは言いたくなかったが仕方ない。
勘違いしてほしくないんだが、君たちを捜査から外すっていうわけじゃない。協力して欲しいんだ。我々のプロファイルをより犯人に近づけて、実際に逮捕と捜査には君たちの力が必要なる。とにかく記者会見は中止して、捜査本部は早く立ち上げて欲しい」
長谷川は納得出来なかった。大平の言い分は分かったが、いきなり警察庁の人間――しかも普段は捜査なんかしない連中――がいきなりやってきて、捜査の主導権を握ろうとしているのだ。しかも権力を盾にして。自分のヤマを四人が奪おうとしていると彼は感じた。
長谷川は心の中で舌打ちして、不機嫌さを前面に出してこう言った。
「わかりました。やりますよ」
「ありがとう。助かるよ」
今後のことも考え、大平は礼を言った。
CBMATの要望通りとはいかなかったが、記者会見は当たり障りの無い事件の会見に差し替えられ、捜査本部はすぐにそして、出来る限り内密に立てられた。
捜査員は五〇名程度で、所轄署の捜査一課の刑事を中心に経済犯罪を扱う捜査二課と鑑識課から数名――彼らはケイトが要求した――が集められた。このような凶悪事件に対する本部としては、異例の少ない人数だったが、マスコミに情報が漏れないようにするためには五〇人くらいが適切だ、という大平の判断だった。本部長には慣例的に署長の中西警視正が就いた。
CBMATは操作指揮を執ることになっていたが、その方針に捜査員たちは釈然としない様子だった。それでも警察庁トップの命令に逆らう気は少なくとも表に出さずに、彼らは捜査に当たった。
始めに今泉と五十嵐が、最初とされている被害者同士の繋がりについて調べ始めた。まだ令状が出ていないため、被害者の友人たちに聞き込みをするしかない。久しぶりの現場だったので、二人は新鮮な気持ちで捜査を始めた。
昇格試験をパスして初めて刑事として捜査に当たった時のことを思い出しながら、一人一人彼女たちの最近の行動について話を聞いて回った。新鮮な気持ちだったとはいえ、決して浮かれること無く慎重にかつ大胆に、そしてこの数ヵ月の訓練を思い出しながら聞き込みに当たった。
その頃ケイトと大平は、捜査本部で捜査員たちにブリーフィングを始めた。
「警察庁刑事局の大平拓歩です。すでにここにいる全員が知っているとは思いますが、この事件はCBMATが捜査指揮を執るということになりました。私も警察庁に異動して、このチームのリーダーになるまでは現場の人間でした。殺人事件を、特に捜一の人たちが自分たちで捜査したいというのは本当によく分かります。それは十分に分かります。だからこそ、みなさんの気持ちは十分に尊重するつもりです。ここにいるみんなの力で、犯人を捕まえましょう。よろしくお願いします」
捜査員からあまり覇気の無い声が返ってきた。「尊重する」という言葉が、ここにいる捜査員にとって無意味であることがよく分かる反応だった。ケイトが大平の言葉を継いだ。
「今、私たちCBMATでは犯人をこう分析しています。今回の被害者二人と繋がりがある人物で、特に高橋美希に対して強い恨みを持っています。そこでCBMATの二人の捜査員が、彼女たちの知人友人たちに聞き込みを始めています。我々がみなさんにお願いしたいのは、似たような未解決事件が無かったか、そしてこれから発生する殺人事件は、すべて今回の犯人と関連付けて考えてほしいということです。今、犯人について伝えられることはこの程度しか無くて本当にすみません。詳しいプロファイルが完成したらみなさんにお伝えします。犯人を逮捕出来るかどうかは、ここにいるみなさんの力にかかっています。全員の力で犯人を捕まえましょう」
ケイトが話した後、一人の捜査員が手を挙げた。
「質問があります」
ケイトはどうぞと言って質問を促した。
「ここにいる人数は五〇人ほどで少ないし、課もバラバラです。捜一は分かるのですが、二課と鑑識まで必要でしょうか? 現場を知っている捜一だけの方が早い逮捕に繋がるのではと思うのですが」
大平とケイトは少し目配せした後、ケイトがその質問に答えた。
「多くの人が、今の質問と同じことを考えていると思います。ちゃんと理由があります。まず人数については、情報漏れを防ぐこと。そして様々な捜査課の人に来ていただいたのは、私たちの捜査のやり方が今までとは異なるからです。決して、今までの捜査方法を否定しているのではありませんが、こういった凶悪犯は、過去に何らかのトラブルを抱えているケースがほとんどです。そしてその記録はいろんなところにあります。例えば裁判の書類や記録だったり、お金の流れだったり、証拠品に隠れていたりします。だからこそ、様々な分野で経験を積まれた方々の力が必要なのです。遠回りに思うかも知れませんが、最良のルートだと私たちは考えています。いいでしょうか?」
質問した捜査員は、無言でそれに答えた。
「では始めて下さい。まず似たような未解決殺人事件の洗い出しをお願いします。そして、今後の殺人事件、特に東京都内で起こるものに関しては、必ず私たちに伝えて下さい。必ず次があります」
ケイトがそう断言すると、五〇人の捜査員たちはゆっくりと立ち上がった。
ケイトと大平が鑑識から証拠と解剖の結果について説明を受け終わると、今泉と五十嵐が聞き込みから帰ってきた。
大平が二人に聞いた。
「聞き込みはどうだった?」
「ダメでした。有力な情報は得られなかったですね。特に村田の方はさっぱりです。職場以外の人間との関わりがほとんど無かったみたいですね。唯一手がかりになりそうなのは、事件の二週間ほど前に誰かに会う約束をしていたようです。職場の何人かがそう話しています」
五十嵐は残念そうに話した。
「相手が誰かは分かったの?」
とケイトが尋ねる。
「いいえ。幼なじみとしか言わなかったそうです」
「そう。もう一人の被害者の方は? 何か分かった?」
今度は今泉が、高橋美希の知人に行った聞き込みの成果を話し始めた。
「彼女は、村田とは対照的な人生を送ってきたようです。周りの友人たちも口を揃えて、なぜ彼女が殺されたのか分からないと言っています。みんなに好かれていて人脈も広く、そしてフリーランスとして自由な生活する姿は、憧れの的だったようですね」
ケイトは二人の話を聞いて、こう推測した。
「村田の方から高橋に近づいたということはないかしら? 高橋の人脈の広さに興味を持って近づいたと考えるのが妥当じゃない?」
それに今泉が反論した。
「確かにそうかも知れませんが、高橋は知り合いと二人で会うことはあまり無かったそうです。会うのは、仲が良くなってからみたいですね」
「なるほどね。もっと二人について掘り下げる必要があるわね。令状はどうなってます?」
ケイトの質問には大平が答えた。
「今日中には手配出来るそうだ。通話やメールの記録は、早くて今日。遅くても明日の朝一だろうな」
「なるほど。司法制度万歳ですね」
ケイトは皮肉交じりにそう答えて、少しため息をついた。こういう時、FBIだったらと思う。司法省が管轄しているあらゆる情報を瞬時に調べられるし、通話とメールの記録もこんなに手間は掛からない。
恐らく管轄の問題なのだろう。司法省の下にあるどうかという違い。その差はこういうイレギュラーな時に大きな障壁になる、とケイトは実感した。
いちいち令状を取っている間に、犯人は次のターゲットを探して殺しているかもしれない。そう思うと、日本の司法制度は犯人を捕まえる気があるのかと叫びたい気分になった。
その時、ケイトは令状が必要な情報は、なにも通話や電話の記録だけではないことに気付いた。SNSで公開されている情報なら令状は要らないはずだ。そう思ってケイトは大平に尋ねた。
「捜査員を増やしてほしいんですけど。IT分析官みたいな人っています?」
ケイトの提案で、佐武奈美という分析官が警視庁から派遣されてきた。彼女の仕事は、SNSやブログなどを監視、分析することで犯罪の兆候を見つけるものだった。過激な投稿があればアカウントを停止するか監視をする。
ケイトがイメージしていた分析官とは少し違っていたが、大平が適任だと言って警視庁から連れてきたらしい。
彼女はケイトに向かって聞いた。
「何を調べるんですか?」
「村田綾と高橋美希の接点が知りたいの。聞き込みではなにも成果が無いから、インターネット上で何か繋がりがあるはずなのよ。まだ令状が出てないから、調べられることには限界があるでしょうけど、出来る範囲で調べてほしいの」
「分かりました。調べてみますね」
ケイトの考えは、正解とまで言えないまでも不正解でもなかった。被害者は二人ともFacebookのアカウントを持っており、友だち同士であることが判明した。誕生日と出身地から推測すると幼なじみ同士だろう。
ただ、残念ながらそれ以上のことは令状が無くては分からなかったし、彼女たちの共通の友だちでプロファイルに当てはまりそうな人物もいなかった。
ケイトと五十嵐は、高橋と村田の殺害現場に足を運んだ。鑑識作業は終わっており、家具類も整われ清掃もされていたが、実際に現場を見たかったのだ。
現場を見て、五十嵐が驚いた様子で言った。
「1DKとは驚きました。東京でしかも一人暮らしだったら、そう簡単には住めませんよ。自分だって1Kなのに」
「大体の家賃は分かる?」
「立地から見て一五万円はするでしょうね。駅から五分圏内で品川区となれば、もしかしたらそれ以上かもしれません。自分ならためらいますね。彼女には何か裏の収入源があったのか、それとも恋人に出させていたのか」
恋人がいたという説に、ケイトはキッチンの様子を見ながら反論した。
「恋人がいたようには思えないわね。冷蔵庫の中身は一人暮らしにしては多すぎるし、たとえたまに恋人と夕食を食べるにしても多いの。それに、食器も一人暮らしにしては多すぎると思わない? 事件当時は三人いたんでしょう?」
「ええ。となると被害者は、自宅に何人も知り合いを呼ぶことが多かったんでしょう。そしてこの家に住めるだけの裏の収入源があった」
「それにもっと分かったことがあるわ。犯人像よ」
五十嵐はケイトの言葉に少し驚きながら、捜査資料を見て自分の考えを話した。
「犯行の残虐性から、男性で被害者たちと親しかった」
「ええ、そうね。そして年齢層もある程度は推測出来る。恐らく彼女たちと同年代。そして高橋の日頃の行動とSNSでの繋がりも考えると、犯人は人とコミュニケーションを取ることに長けている。日常的に人と話す職業に就いているでしょうね。ほら現場写真で争った形跡が無いでしょう? 一人暮らしのしかも女性の家に入れるなんて、たとえ同姓が一人いたとしてもためらうだろうから。そのハードルをこの短期間で超えられるのは、秩序型の特徴ね。被害者を信頼させてから殺しているわね」
やはり歴戦のプロファイラーには叶わない、と圧倒されながら五十嵐は同意した。
捜査本部では、今泉が通信会社から送られてきた記録に目を通していた。犯行現場から帰ってきた二人を見て今泉は話し始めた。
「分かりましたよ。まず、日本では携帯会社での通信というのが今ほとんどないんです。そこで、よく使われているチャットアプリの記録も取り寄せました。これによると二人は会う約束をしていますね。一回目は事件の二週間ほど前、二回目は事件の三日前ですね」
そして大平も話し始めた。彼は佐武と二人で、被害者のSNSの投稿をチェックしていた。
「村田のFacebookは至って普通なんだが、高橋の方は少し気になる。二二歳にしては妙に派手な生活を送っているな。自己顕示欲の塊のように、毎日のように投稿している。例えば、今日はこんなところでご飯食べましたよーとか、Samwayのこの調理器具がすごく良いとか」
ケイトは大平の「Samway」という言葉に反応した。それは五十嵐も同じようだった。
「そういえば、高橋の家にあるものにはほとんどSamwayのロゴが入っていたわね」
そして五十嵐も続けた。
「ええ。しかも凶器はキッチンナイフとキッチンバサミでしたよね。鑑識の報告によると、Samwayでしか扱っていないものだとあります」
五十嵐は、鑑識の報告書を見ながらそう言った。
「Samwayの製品を使っている人間がSamwayの製品で殺された、というのは偶然だろうか?」
大平が独り言のようにつぶやくと、ケイトが言った。
「いえ。偶然と考えるのはナンセンスだと思います。殺害の様子から見て犯人は、高橋つまりSamwayのユーザーに対して強い恨みを持っています。つまり、過去にSamwayと何らかのトラブルがあったと考えられます。そして、この数週間の間にそのトラブルを思い出させる何かがあったと考えられます」
「ストレス要因とトリガーですね。するとこれは復讐殺人でしょうか?」
と今泉が尋ねた。
「いや。復讐だとすると年齢が合わない。被害者の年齢と犯行現場の状態から見て、犯人も同年代だ。だとすると過去に失ったものがあって、それを被害者に重ね合わせているのではないか?」
五十嵐がそう言った直後、捜査員の一人が報告に来た。
「新しい殺人が起きました。そして似たような事件もありました」
そう言って彼は、資料を五十嵐に渡した。
次回第七章、クライマックスです。よろしくお願いいたします!!