こんばんは。井桁です。
月曜に引き続き,今日は第4章を投稿します。
ここからストーリーが動き始めます。クリミナル・マインドファンとしてもケイトJJを登場させられてよかったです。
クリミナル・マインドはいいぞ!A・Jクックさんはいいぞ!
4.開戦前夜
九月某日。警察庁長官室で、とある組織の発足式がひっそりと行われていた。その組織は、犯罪行動心理等分析室(Criminal Behavior and Mentality Analysis Team通称CBMAT)と呼ばれ、凶悪犯罪における科学捜査を強化する目的で設置されたものだった。室長には警視庁捜査一課の大平拓歩が就き、他のメンバーは今泉隆と五十嵐渉の三人という極めて小さな規模で発足した。
「近年増加する凶悪犯罪における捜査活動において、主に鑑識等の科学捜査また従来主流とされてきた捜査方法では、十分に対処出来ているとは判断しかねるものである。警察の職務である国民生活の安全をより一層保証するために従来の捜査方法とは異なった視点を取り入れることは、今日の警察組織において不可欠なものであると考えられる。警察庁はこうした状況の打開するための一つの試みとして、より先進的な捜査活動を行っているアメリカ合衆国連邦捜査局における行動分析係における事例を参考とし、我が国でも犯罪行動また犯人等の心理また行動等を分析することによって凶悪犯罪を迅速に解決また同時に抑止することが出来るものと判断した。諸君らには……」
室員の一人である五十嵐は、長官の長い訓示をものすごく不満げに――もちろん表情には出さなかった――聞いていた。要は「犯人の心を読んで捕まえろ」ということらしいが、そんなことをして何になるというのだろうか。人間の心理というのは、ひどく複雑で非論理的で非合理的で不完全なもので、言葉で説明出来るものではないのだ。
大学で心理学をかじったこともあるが、結局それが実際の生活で活かされたことは無いし、入庁してから七年間の警察官人生でも同じだった。
それなのに上の連中は心を読めと言っている。現場を軽く見すぎているとしか思えなかった。FBIで成功しているからといって、日本でも通用するとは限らないのだ。なぜそれが分からないのだろうか。
おおかた世間に発表するためのアリバイ作りなのだろう。三人でのスタートという時点で、この組織への期待度はたかが知れているというものだ。
五十嵐がそう考えている間に発足式は終わった。警視庁から警察庁への異動という事実上の現場外しの人事は、やはり納得がいかなかった。上からの命令には逆らえないのだから仕方が無いのだが。
警察庁で発足式が行われているほぼ同時刻。ケイト・ジェニファー・ジャロウFBI監督特別捜査官は、東京国際空港に降り立った。クワンティコからサンフランシスコへ。そこから東京へ。合計約一二時間のフライトは、ファーストクラスでも疲れる。
新たに出来た日本版SBA(行動分析係)のコンサルタントに私が指名されたことは、素直に嬉しかった。でもいつものみんなと離れるのはやっぱり寂しい。
寂しさを打ち消すようにフライトで凝り固まった体をほぐしてから、ケイトは手荷物受取所へ歩いた。
長官室での発足式が終わるとCBMAT専用のオフィスで、室長の大平が二人に詳しい経緯を説明していた。
「設置の経緯は式で言われた通りだ。今までの――もちろん現在もだが――犯罪捜査は鑑識が集めた証拠や現場の刑事の聞き込みが主流だった。それは君たちの経験が一番よく知っているだろう。それにプラスアルファという形になるんだ。正直俺もよく分かってないんだが、連続殺人犯やとんでもないレベルの凶悪犯罪を捜査する。そのために鑑識だけじゃなく心理学や行動分析学とか――要は人の行動だ。そこに着目して捜査をするということらしい。詳しいことは、FBIから来るコンサルタントに聞けばいいということだ」
そこまで聞いて、五十嵐は黙ってはいられなかった。
「いやおかしいでしょ。今までも十分検挙率は高いでしょう? 今までのやり方で十分でしょう? どうして新しい方法を取り入れるっていうんですか?」
一つ下の後輩の今泉も同じらしい。
「そうですよ。『捜査の基本は足だ』って昔からの鉄則でしょ? 一番よく分かっているのは大平さんじゃないんですか?」
大平は今泉の言葉を聞いて頭を抱えた。
まあそれもそうだ。実際、今回のCBMATの設置は俺たちだけじゃなく、全警察官への侮辱に近いものがある。歴代の先輩たちや名刑事たちから受け継がれたDNAをすべてぶち壊された気分になるのは大平も同じだった。
それでも彼は室長として、二人を説得しようとした。
「気持ちは分かる。確かに俺も納得はしていない。だが俺たちの使命は犯人を捕まえることだ。違うか? そのための新しい方法なんだ」
二人は黙った。納得は出来なかったが、大平の言っていることは間違ってはいないからだ。
オフィスに気まずい沈黙が漂う中、それを打ち破るように乾いた小綺麗なノック音が響いた。
「はい」と大平が答えると、金髪の女性がドアを開けて入ってきた。
「CBMATのオフィスはここかしら?」
少し訛りのある、それでもかなり流暢な日本語でその女性は尋ねた。
創は新宿のバッティングセンターで一心不乱にバットを振っていた。何度思い返してもこの間のセミナーに納得がいかない。というより拒否反応が出るのだ。まるで子どもの頃にクモの巣に引っかかってしまった時のような不快感。何度振り払おうとしても振り払えない、あのクモの糸の不愉快さに似ていた。
セミナーが終わったあと、綾や彼女の友人――高橋美希といった――と少し立ち話をしていたが、「やっぱり香瑠さんは素敵よねー!」とか「私もSamway始めようかな?」と言っている二人を見て、どうしても共感する気にはなれなかった。自分の本能が、彼女たちとのコミュニケーションを拒絶していた。
創にとって、彼女たちは同じ姿をした新種の動物のような感じがした。言語は同じはずなのに、言葉の意味が理解出来なかった、いや、本能的にそうすることが出来なかったのだ。
セミナーの帰り道、創はSamwayについて調べてみた。どうやら日用品やサプリメントを通販限定で扱っている会社らしい。
セミナーで話していた権利収入とは、Samway製品の紹介者に与えられるインビテーションのようなものだ。自身の売り上げの数パーセントが報酬として支払われる。それは企業理念の「良いものを人から人へ」というコンセプトに沿っていたが、インターネットの記事にはいい話はあまり書いていなかった。
そもそもこの売り上げから得られる数パーセントの報酬だけで生活し、自分の自由な生活を送るにはどれくらいの数字が必要なのだろうか?
あの時も思ったが、「成功するにはSamwayが一番の近道だ」という上手い話があるわけが無いと創は思っている。
もちろん、成功の定義は人それぞれであるし目標もそれぞれだ。それに向かう方法だって人それぞれだ。
だが、ゴールにたどり着くための本質は、「たとえどんな茨の道だろうが、どんなに身が焼け焦げようが問題を冷静に分析し、なおかつとてつもなく熱い情熱でそれらをはねのけ、それを繰り返すこと」である。彼はそう信じていた。それは、彼の二〇年強のあまり恵まれていない人生で得られた教訓だった。
彼にはルールがあった。『人に聞く前に自分で考えろ。思考は最大の武器になる』
まさにそうだ。考えること、考え続けることは成功の必要条件であると信じている。それをあのセミナーはいとも簡単に放棄させ、そしてそれを信奉する人たちで溢れかえっていた。
そして悲しいことに、綾も信者の一人となっていた。今考えれば、彼女が発する言葉が薄っぺらいこと、目のくすみ――情熱が失われたとでも言うべきか――や言動すべてがSamwayに心酔している証左だった。
大学の時の情熱にあふれていた彼女はもういなかった。あれは彼女であって彼女では無い。もう別の人間だ。
同時に創はこうも思った。なぜもっと早く気づくことが出来なかったのだろうか?
元来、自分は頻繁に連絡する性格ではない。自分も忙しさを理由に連絡してこなかったし、なによりあのゼミのみんなには「何が起きても大丈夫」という安心感があった。そこに慢心があったのではないか? つまり、自分の責任なのではないか?
「どうにもならなかったんだ」と理性が強く説得する。だとしても、ヤツらがあの素晴らしく輝いていた綾を「殺した」という事実は変わらない。そうなってしまったということは受け入れなくてはいけない。
だが、自分に出来ることはまだあるはずだ。『大事なものを否定した相手を絶対に許すな』、『自分の大事なものは絶対に守り通せ』――これも彼のルールだった。
「許さねぇ」
そうつぶやきながら最後のボールをフルスイングした。
力みすぎたのか派手に空振りしたが、創は気にも止めずバッティングセンターをあとにした。
彼にはやるべきことがあった。
ケイトは一二時間のフライトの疲れも気にせず、CBMATの三人にミーティングを始めた。機内で読んだ人事ファイルによると、三人とも大学で心理学や言語学など一通りの専門教育は受けているようだった。
ただ実際にはどうか。日本の捜査機関ではプロファイリングという手法は、ほとんど採用されていない。それでも九割近い検挙率を誇っているのはさすがと言うべきか、それとも日本人の民族性からしてそもそも凶悪犯罪が少ないのか。
いずれにしても一から、連続殺人犯つまりシリアルキラーとはなにか、そしてプロファイリングとはなにかについてから始める必要があった。
「大平室長の方から紹介してもらいましたが、FBI行動分析係のケイト・ジャロウです。今回、日本の警察庁で立ち上げられたCBMATのコンサルタントとして、プロファイリングについてお話し出来ればと思っています。私自身、プロファイラーとして数々のシリアルキラーや凶悪犯を捕まえてきました。最初は講義という形になりますが、実際にみなさんと捜査しながら私自身もですが、プロファイラーとして成長していければと思っています。よろしくお願いします。ではまず、自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?」
ケイトの話し方と言葉遣いには、ところどころに気遣いが感じられた。現場を何年も経験していて、それでいて新しい捜査方法を学べと言われている俺たちの気持ちを汲み取っている。つまり俺たちに対する敬意だ。
大平は少しだけ彼女のそういった気遣いを嫌味に感じたが、それでも言われないよりは良かった。
三人の自己紹介が終わり、ケイトは講義に戻った。
「ありがとうございます。実はプロファイリングというのは今の自己紹介でも十分出来るんです。例えば室長の大平さん。ご結婚されていますね? 指輪をされているから。一番わかりやすいプロファイリングです。
もっと分かりますよ。恐らく奥様とも仲が良い。その腕時計は記念日のプレゼントでしょう。ちなみにお子さんもいらっしゃる。休日は一緒にサッカーをされるのでしょうか。顔と手に日焼け痕がありますね。もし野球なら手にはグローブの痕が残るでしょう。ちなみに、今回のこのCBMATの立ち上げにはみなさん反対のようですね。みなさんの手足が組まれている、つまり自らを無意識的に守ろうとする心理が働いていることから分かります」
三人は、ケイトがいとも簡単に大平の生活を言い当てていくのに驚きを隠せなかった。もちろん自分たちが感じている不満も。
それを見ながらケイトはさらに続けた。
「さて、実際の捜査でもやることは変わりません。観察するものが被害者や犯人、犯罪現場に変わるだけです。ただ本題に入る前に、みなさんに一つだけ覚えていただきたいプロファイラーの鉄則があります。それは――哲学者ニーチェの言葉ですが――『怪物と闘うものは、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵を覗きこむとき、深淵もまたこちらを見ている』という言葉。私たちはこれから凶悪犯の心に入り込むことになります。彼らの心を理解し、なぜ凶悪な犯罪を起こしたのかを理解するのです。その時、私たちは彼らを理解するあまり無意識的に彼らに取り込まれてしまう。そういうことが起こりうるのです。
一九七〇年代後半からFBIでは犯罪者性格調査プロジェクトとして、凶悪犯と面接を行いました。凶悪犯やシリアルキラーになる理由は何か。それを明らかにするプロジェクトです。その際、何人ものFBI局員が強いストレスにより不安発作や体重減少を起こしました。またある局員は犯人の魅力に取り憑かれ、犯人に心理的に支配されていました。死刑撤回の上訴のためにFBIの情報を渡したり、自分だけが面会出来るように手配したりしていたのです。この局員は、犯人が処刑された時には大切な人を失ったかのような動揺を見せたと言われています。私たちプロファイラーは、こうした『深淵』を覗くことの危険性を十分に知っておく必要があります」
まずケイトはこの鉄則を教えておかなくてはならなかった。このプロジェクトを進めていたロバート・レスラー捜査官だけでなく、プロファイリングに関わるすべての捜査官に対して、「深淵」の鉄則はアカデミーでもいの一番に教えられることだった。
三人の沈黙をケイトは理解したと受け取り、さらに話を進めた。
「では本題に入りましょう。そもそも、シリアルキラーや凶悪犯罪者とはどのような人物なのかについて説明します。FBIの性格調査プロジェクトの結果、次のような特徴があることが分かっています。それは、『幼少期に何らかの虐待を受けており、それを紛らわせるために何らかの空想を抱いている』、『人格や社会性を身につける時期に、両親の両方またはいずれかが不在である』といった過去――FBI的にはストレス要因――があることが分かっています。もちろんこれだけに留まりませんし例外も存在しますが、全体としての傾向はこういったものです。そして犯罪に手を染めるきっかけとなるのは――私たちはトリガーと呼んでいますが――『失業、失恋、金欠など日常生活のトラブル』です。一般的にはそれらに対して上手に対処出来るのですが、シリアルキラーや凶悪犯罪者は対処が出来ず、犯罪へと走ることが明らかとなっています。
こういった犯罪者たちは、主に二つに分類出来ると考えられています。『秩序型』と『無秩序型』です。前者においては、犯行が計画的であることが大きな特徴です。被害者の物色、犯行現場、凶器など様々な点において特徴が見られます。しかし後者の場合は、犯行現場は突発的で象徴的な要素を持つことが多くあります。これは、犯人の精神状態が混乱していることやストレス要因において抑圧された過去があったことが背景として考えられています。
大まかにですが、まずはシリアルキラーとはなにかについてご説明しました。ここからは実際の事件を基に、凶悪犯罪者やシリアルキラーのプロファイリングについてご説明していきます。まず始めに秩序型シリアルキラーとして、また一般的にも有名なテッド・バンディの事件を取り上げます。彼は……」
ミーティングは数日に及んだ。FBIアカデミーで教えられていることや、実際の事件を基に犯人のプロファイリングの作成、現場写真や取り調べの証言や映像を使い観察の演習も行われた。
今までの捜査方法では分からなかったことがプロファイリングなら分かる。これは日本の捜査機関にとって大きな転換点になるのかもしれない。
ミーティングが終わる頃には、三人の意識は一八〇度変わっていた。
俺たちは犯人を捕まえる。市民を守るために警察官になったのだ。
ケイトは三人の目の色が日に日に変わっていくのを見て、安心していた。正直、初日の彼らの態度では不安だったのだ。FBIが蓄積してきたノウハウをレクチャーしたところで無駄かもしれない。そう思ってさえいた。
しかし、シリアルキラーとはどんな人間でプロファイリングの方法はどのようなものなのか。そして、FBIがどのように彼らと戦ってきたのかなどを説明すればするほど、三人の目の色は変わっていった。
この三人はいい警察官だ。優秀で、犯人の検挙と警察の職務を全うしようと考えている。
技術は教え終わったのであとは実戦あるのみだが、実はプロファイリングは諸刃の剣でもある。上手に使えば犯人逮捕にとても役に立つのだが、それだけに頼るのはナンセンスなのだ。
プロファイルが独り歩きしてしまい、それに合うというだけで別の人間が逮捕されて犯人が野放しということもある。
それに最初に話したプロファイラーの鉄則だ。犯罪者の「深淵」に捕らわれてしまうことがあってはならない。特にまだ設立して間もない段階ではなおさらだ。ケイトが日本でやるべきことは山積みだった。
創は計画を立て始めた。まず、ターゲットだ。一番優先されるのは高橋美希だ。彼女が綾の「かがやき」を直接奪ったのは間違いなかった。
そして次に、いやそれよりも優先されるかも知れないターゲットがいる。藤本香瑠。この女だけは絶対に逃がしてはいけない。この女が一回喋るごとに、たった一回喋るだけでどれだけの人間の「かがやき」が失われるのだろうか? 絶対に止めなくてはいけなかった。
そして、Samwayという会社にダメージを与えること。これは二人に比べれば重要ではないが、全国のSamway関係者と世間へのメッセージにはなる。
そのためには、まず情報が必要だった。SNSやインターネットの情報だけでは限界があるし、彼女たちを絶望の淵で殺すには、実際に会って信頼されるのが一番いい。
「戦争開始だ」
創はそうつぶやき、綾に連絡を取った。
第4章はここまでです。第5章も楽しみにしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします!