こんにちは。井桁でございます。
前回の投稿から時間が空いてしまいました。すみません。
手術前と術後でバタバタしておりました。
また投稿していきますので,よろしくお願いいたします!
3.対峙
綾からセミナーの誘いを受けてから約1週間。創の毎日は充実していた。自分の将来が輝くかもしれないという希望があったからだ。どんな話が聞けるのだろう。どんな人が来るのだろう。
考えれば考えるほど心躍る毎日だった。そして、その一週間だけは営業成績が良かった。仕事とプライベートは分けて、営業の時は極力感情をニュートラルにすることを心がけているのだが、抑えきれていなかったのかもしれない。現に営業先から、「君と話をしていると仕事を任せようという気持ちになるよ」と言われることが多かった。
セミナー当日。綾からの連絡では、場所は渋谷駅から徒歩八分。時間は一九時からとあった。
会場はSamwayという会社のビルの中にある大会議室だった。
木目調の壁とグレーの絨毯、学校に置いてあるような演台。椅子は会議室でよく見られるものだった。殺風景ではなかったが、だからといってお洒落な雰囲気でもなかった。
まあいい。問題は「箱」じゃなく、「中身」が何かなのだから。
受付を済ませると綾が話しかけてきた。
「三崎くーん! 久しぶりー!」
2年ぶりに会った彼女は元気そうだった。
「久しぶりだね。元気そうでよかったよ」
「まーね。でも仕事とプライベートは別だよ。プライベートはしっかり楽しまないと! 受付は終わった? 今日はもう満席で立ち席になっちゃうの。大丈夫?」
「そんなに人気のセミナーなの? 立ち席なのは大丈夫だよ。営業で足腰鍛えられちゃったし」
「そうなんだ! よかったー。今何の仕事してるんだっけ?」
綾に今の仕事の話、給料の話、いい人だけどむかつく上司の話……。二年も話していなかったので、ネタは尽きない。自分の話をちゃんと聞いてくれるし、なにしろ共感してくれる。久しぶりの感覚だった。やはり、気兼ねなく話せる関係は良いものだ。それだけでも今日ここに来た価値は十分にある。今度飲みに行く話もした。
ただ妙なのだ。彼女の目に二年前はあったはずの「かがやき」が薄れている気がしてならない。椚木さんのセミナーで綾と何度か話したことはあった。あの場では、綾はもちろん受講者みんなの目が輝いていた。みんながなにかを得て自分の力にしようとしていた。そして、その熱意に見合う成果を得ることが出来る場所だった。だからこそ疑り深い自分でさえ出席したのだ。
綾の目のくすみ。それが仕事の疲れなのかは判断がつかない。分からない。今その判断が出来るほど、自分は綾を知らない。
創は少し不審に思いながらも今度飲みに行ったときに聞けばいいかと思い、セミナーが始まるのを待った。
セミナーが始まった。参加者は二〇〇人くらいか。椅子はすべて埋まり、立ち見の人もかなりいた。まず壇上に上がったのは外国人だった。
「みなさんこんばんは。トーマス・フラーです。本日はSamway主催のライフプランセミナーにお越しいただきまして、本当にありがとうございます。このセミナーは今回で三四回目となります。幸運にも私は、第一回のセミナーから毎回ご挨拶をさせていただいています。その当時は参加していただける方も数人でした。正直なところ、その当時私は安心しました。片言の日本語で挨拶をすればよかったのですから。ですが、それ以降みなさんのご協力もあり、これまで三三回もセミナーを開催することが出来、私の日本語はとても上手くなりました。今回も上手な日本語でみなさんにご挨拶が出来ることを、本当に嬉しく思っています。
さて、みなさんは今こう思っているでしょう。『早くセミナーを始めてくれ』と。そうですよね。みなさんが今日ここに来られたのは、自分の人生を変えたいと思っているからでしょう。そしてそのためには、一分いや一秒たりとも無駄にしてはなりません。『素敵な人に会い、話を聞きそれを実践する』という、このプロセスこそが成功への道標なのです。そのためには時間を有効に使わなくてはなりません。
では、私の無駄話はこれくらいにして本日のスピーカーをご紹介しましょう。みなさんより早く『人生を変えて、自分が本当にやりたいことを見つけて実現』した素晴らしい方です。私も見習いたい方です。では紹介しましょう! ミス藤本! どうぞステージへ!」
トーマスと名乗った男の少しだけユーモアのあるスピーチ――いかにもなアメリカンジョークも混じっていた――が終わると、大きな拍手とともに藤本と呼ばれた女性が登壇した。あまりに自然に起きた大きな拍手に創は少し圧倒されながら、会場の雰囲気につられて拍手をした。隣では、綾が羨望の眼差しで壇上の女性を見ている。その目は輝いているようにも見えたし、どんどんくすんでいっているようにも見えた。
「みなさんこんばんは! 今トーマスから紹介してもらいました。藤本香瑠(かおる)といいます。今日はみなさんに、『私らしく生きるには何が必要か?』ということをお話ししたいと思っています。
私は今『自分のやりたいに嘘をつかないで生きる生活』をしています。そして、そういう生活を送る中で『これが私なんだ。私らしさってこういうことなんだ』といつも感じています。今日ここにいるすべての人に『自分のやりたいことに正直に生きて欲しい!』と思ってお話しします。
そもそも『私らしい』とはなにか? みなさんはどう思いますか? みなさんそれぞれ違うと思います。例えば『世界中を旅行したい!』とか『もっと自由な生活をしたい!』とか『趣味をもっと楽しみたい!』とか、本当に様々だと思います。
私はまず、やりたいと思ったことを『ToDoリスト』として書き出しました。そして、実現のために何をしようかなと考えたときに出会ったのが『お金と時間の法則』でした」
創は、話を聞きながらその内容を頭の中で構造化――社会人になってから人の話を聞くときの癖だ――した。話し手が何を伝えたいのかと、その伝えたい部分の補強のためにどんな具体例を使っているのかを自分の頭の中で整理する。話し方にもよるが、この方法だと不思議と相手が何を伝えたいのかが分かるのだ。
その結果、「自分らしい生き方にはある法則がある」ということを藤本香瑠は話していた。それは「お金と時間の法則」というネーミングセンスの欠片も無いものだったが、名前よりも中身に興味があった。
彼女はその法則について語り始めた。
「『お金と時間の法則』というのは、イメージしやすいと思います。もう本当に言葉そのままで、お金と時間のある人、逆にお金が無い人はどんな人なのかについて分かりやすく説明してくれています。
私たちが『私たちらしく生きる』ためには、お金と時間はどうなのでしょう? あった方が良いのでしょうか? それとも無い方が良いのでしょうか? この答えはズバリ、あった方が良いんです! それも両方です。じゃあ、両方ある人はどんな人なのでしょうか? みなさん分かります? お金も時間もある人。この法則に当てはめると投資家なんです! 私はそう気付いたときに投資家になろう! そう決めました。
今日のセミナーはぶっちゃけ、投資家育成セミナー第一回みたいなものです! かく言う私も以前このセミナーで、投資家の師匠――実は先ほどスピーチしたトーマスなんです――にお会いする事が出来てから、彼とはビジネスパートナーとして一緒にお仕事をしながら勉強もさせていただいて、そして目標にしている本当に素晴らしい方です。
じゃあここからが一番大事になります。この『お金も時間もある投資家』にはどうするとなれるのか? みなさんどうやったらなれると思いますか? 実はこの答えは、とってもシンプルなんです! 答えは『Samwayに携わること』なんです!
みなさん『え?』って思われる方がほとんどだと思います。そうですよね? いきなりSamwayに携わろう! なんて言われて納得出来る方はいないと思います。でも、世の中で成功されている方、自分らしく生きていらっしゃる方は、みんなSamwayに携わっている方々なんです。だからこそ、私がSamwayの素晴らしさをみなさんにこうして伝えているのは、みなさんに成功して欲しい、自分らしく自由に生きて欲しい、そして成功者の方々と繋がって人脈をもっと広げて欲しいと思っているからです!」
創が、この一〇分程度のスピーチをいつもの方法でものすごくシンプルにまとめると、「成功するためにはSamwayに関われ」という結論に行き着いた。そう思った瞬間、彼はこのセミナーに一ミリも価値がないことを悟った。
そもそも成功する条件は「AならばB」という単純なものでは無いと創は思う。そんな簡単な話なら世の中のほとんどの成功者――この藤本香瑠が言うような人間――は、創が知っている以上にあふれているだろうし、自分の身の回りにもたくさんいるだろう。
そう思うと同時に、一〇年ほど昔の母親の姿も思い浮かんだ。当時、創の母親が似たようなことを言っていたのだ。「こうすればもっと生活が良くなる」だの「健康への第一歩」とか言ってセミナーに行き、通販で買ったサプリメントを飲み漁っていた。
もっともそれに効果があったかどうかは分からないが、創はあの時の母親の無機質な目と言葉に似たようなものを壇上にいる彼女に感じていた。
すでに、創の興味は目の前のものとは別のことに移っていた。途中で帰ることも考えたのだが、綾に誘われた手前それも気が引けたので、今日の仕事について考え始めた。
今日の新規営業先はどんなお客さんだったか、進行中の案件の進捗、書類仕事、難航している客先に上司を連れて行くかどうかの判断……。二〇〇〇円でゆっくり自分の考えをまとめられたと思えば、それはそれで有意義だった。
今回は第3章を投稿しました。
1カ月ほど空いてしまったので,第4章は今週中に投稿します。よろしくお願いいたします!