【過去作品】『明けない夜―犯罪行動心理等分析室捜査ファイル―』②

こんにちは。井桁です。
先々週に引き続き,過去作品を投稿します。
今回もよろしくお願いいたします!!


2.再会

 セミナーから二年が経ち、創は東京の会社に就職した。就活はセミナーの甲斐無く、ほとんどお祈りされるという悲惨な結果だった。
 創が就職したのは物流会社の営業職。よりによってブラック企業だった。少しは名の知れた企業だから大丈夫と思っていたが、まったくそんなことは無かった。
「あーもう! くそっ!」
 平日だというのに出掛ける人が多い東京で、創はついに悪態をついた。
 今日の仕事が終わらないのだ。まったくなぜこんなに仕事が降ってくるのだろうか。営業で行く先々で、大小関わらず何かの案件の受注が必ずある。
 炎天下の中、傍目では休日を楽しんでいる人々が悠々自適に歩いている。
「どこでどう間違ったんだろうなぁ……」
 誰かに言うわけでもなく、誰にも聞こえない声でつぶやき電車に乗った。あと10件回らなくては。

 綾も東京で就職していた。もともと大学が東京の私大だったため、内定は10社ほど出たのだが、イマイチ心に響くものがなく、消去法でエンターテイメント系の会社に勤めることにした。将来の店長、エリアマネージャー候補として採用されたのだが、まずは現場を知れという会社の方針で、彼女は現場に配属された。
 配属先は池袋のパチンコ店。東京ということもあり、いろんな人が店に来るし働いてもいる。
曜日なんて関係なく開店前から列に並び、台を取り合う客。おとなしく打っていると思えば、突然隣の玉を取る老人客。老人客はそれだけではなかった。自分が王様とでも思っているのか、人の迷惑を気にかけることもなく相手を押しのけ、お気に入りの台を横取りする人までいた。
 働く人はというと、四大卒の正社員はほとんどいなかった。周りはほとんどが中卒、良くて高卒。なんとなく就職して、なんとなく働いて、休みの日は何かするわけでもなく飲み歩いてはパチンコ、麻雀、競馬に精を出すような人が多かった。
「私なにやってるんだろう」
 綾は休日のある日、スタバで新作のフラペチーノを飲みながら自分に聞こえるような小さい声でつぶやいた。
それなりの私大を出ているし、大手企業からも内定をもらっていた。それなのに「直感」という理由で大手からの内定を辞退し、いつの間にかパチンコ屋で働いている。
 誰かに会って吐き出したいと思ったが、あいにく大学の同期はみんな平日が仕事のため、休みが合わない。休みが合わないと自然と会う機会は減っていき、今では全くと言っていいほど会っていない。
 そういえば二年前セミナーで会った彼がいたな、と思い出した。今はなにしてるんだろう。元気かな。連絡取ってみようかな。
 そう思ってLINEを開いた。名前は何だっけ。一文字だった気がする。グループから探すと簡単に見つかった。友だちに追加して、まぁ『久しぶり』ぐらいの内容でいいかと思い送信する。
 いつもの閉塞感をちょっとだけ抜け出したような気がして、少し楽しんでいる自分に気づき嬉しくなった。
 なにかショッピングをして帰ろうかなと思い、フラペチーノの残りを飲みほした。スタバのフラペチーノにはハズレがない。

『ティートゥーン』
 創のスマホがLINEの着信音を奏でたのは、最後の営業先への訪問を終えたところだった。外回りで疲れていたので、創のストレスはピークだった。
 イライラしながら画面を見ると、見覚えのない名前から送られてきたメッセージがあった。
 送り主は『あや』という人だった。完全に思い出せない。自動検索はオフにしてあるからどこかで会っているはずだ。
 『久しぶり!』という妙に馴れ馴れしい態度にキレそうになりながら、創は無視した。いや、正直思い出している余裕が無いのだ。
 これから会社に帰って進められる仕事は進めなくてはならない。見積書に発注書とやることは山積みだ。

 綾は必死で仕事を覚え、上司に罵られながら日々を送っていた。そして昨日創に送ったLINEは、既読が付いたまま返ってきていなかった。
 覚えたはずのことが出来ない。出来なくて叱られる。叱られて落ち込んで、今度こそと思うと覚えていたはずの仕事が出来なくなる。その繰り返し。
 自分は何のためにこの仕事をしているのだろうと綾は思った。上司や先輩はみんな楽しそうに仕事をしていて、それが余計に自分をどんどんみじめにしていく。
 大学の友だちはみんなホワイトな職場でキラキラした社会人生活を送っている。そう思うと、どんどん悲しくなってきた。
 綾はそう思うと、無性に泣きたくなった。誰かに話したい、聞いてもらいたいと思ったが、誰もいなかった。セミナーの彼も既読スルーだ。
 私は独りぼっちなのかな……。あ、でも幼なじみの子が東京で働いているって聞いた気がする。もうあの子でいいや。連絡しよう。
 そう思ったら行動は早かった。たしかFacebookで友だちだったので名前を探す。いたいた、高橋美希。Messengerで連絡しよう。
 『久しぶりー! 急だけど今日飲みに行かない?』と打って送信。「ちょっと軽いかな? 引かれたかな?」と思っていたが、そんなことはなかった。すぐに返信が来たからだ。
『いいよー! 今池袋にいるんだけど、そこで大丈夫?』
 仕事場から近くて助かった。綾は仕事が終わったらすぐに行くとメッセージを送って仕事に戻った。今日は良い日になりそうだ!

 池袋にある英国風のバー。バーと言ってもお洒落な雰囲気ではなかった。店の中は、話し声と音楽と笑い声で溢れていた。
 綾は雰囲気に少し圧倒されながら美希を探した。中学校以来会ってなかったから、話したいことがたくさんある。
「美希ちゃーん! おつかれ!」
 彼女を見つけるとほっとした。ほっとしている自分に気付き、それは疲れているからだと思った瞬間、綾は思いっきり吐き出してリフレッシュすることに決めた。

 約10年ぶりに会った彼女、村田綾はなんだか疲れていた。仕事の疲れだろうか? それとも会社で悩みがあるんだろうか? 美希はさっそく彼女の「観察」を始めた。
 急にあんなメッセージが来るということは、絶対に何かで悩んでいる。それを解決したい。力になりたい。私の力で彼女を助けたい。
 彼女は何に悩んでいるのだろう? どうやって引き出そうかと考えていると、美希はその必要が無いことを知った。綾が生ビールを一口飲んだ途端に、マシンガンのように喋りだしたからだ。
「久しぶりだよねー! ねーもう10年だっけ? あ、仕事? 今パチンコ屋で働いてんの。ほんっと人生棒に振ったって感じでさー。もう毎日やってらんないのよ! 上司はいつも怒鳴ってくるし、先輩もみんなして仕事押しつけてくるし、パワハラモラハラセクハラとか日常茶飯事だし? ハラスメントしかないわー。それでいて額面で月20万切るのよ? ほんっとあり得ない。なんでこんな会社入ったのかって感じ。周りはみんなホワイト企業で楽しそうなのにさー。私はこんな社会の底辺みたいな職場で働いてるのってなんかおかしくない? ねえ? そう思わない?」
 美希は正直びっくりした。びっくりしたが安心した。こういう悩みなら力になれる。今の仕事から逃げられる手助けが出来る。
 それでも、綾の話をもう少し深掘りする必要があった。何が不満なのかをはっきりさせることが必要だ。
「パチンコ屋って大変そうだね。変なお客さんとかいないの?」
「いるよー。変なじいさんとかさー。全然ウチらの話なんて聞いてくれないの。自分勝手というかさー。言っちゃなんだけどマジで老害。来なくていいわ。毎日毎日そういう人たちばっかり見てるからさ、もう嫌になってくるよねー。美希はそんなことない?」
 予想していたとおりの不満だった。今の環境に嫌気が差している。そして自分の環境にコンプレックスを感じていて、華やかな場所に憧れそういう生活をしたいと思っている。それもすぐにでも。彼女の言葉の使い方と仕草を注意深く観察して、美希はそう判断した。
「全然そんなことないよ! みんな良い人だし、素敵な人ばっかりだし。お客さんもみんな良い人に恵まれててねー。でも最初は綾ちゃんと同じだったよ。ひどい職場環境で、お給料も安かったし職場の人も全然良い人じゃ無かった。毎日辞めたい辞めたいって思ってたよ」
「へー美希もそうなんだ。もしかして転職したの?」
 綾が食いついてきた。ここまで来たら、ほとんど成功したようなものだ。
「そうなの。でも会社勤めじゃなくて、フリーランスになりました!」
「フリーランス? なにそれ?」
 と綾がさらに食いつく。
「フリーランスって、会社に勤めるんじゃなくて自分で仕事を探してお給料もらうの。何をするかってみんなそれぞれで、私はライフプランアドバイザーをしてるんだけどね。綾ちゃんみたいに今の会社を辞めたいって思う人とか、いつもの生活に疑問を感じた人にアドバイスしてるの。ありがとうっていう声を直接聞けるし、自分のペースで仕事が出来るから本当に今楽しいよ!」
「すごい面白そう! やってみようかなー。なんか説明会みたいなのない?」
「説明会じゃないんだけど、私のビジネスパートナーが開いてるセミナーならある! その人もフリーランスなの。ちょうど来週だけど予定空いてる? もし行けそうなら絶対来てほしいな。私はこのセミナーで人生が変わったから。本当に!」

 綾は美希がすごく輝いているように見えた。私と同い年のはずなのにこんなに輝いている。
 自分がやりたいことで生きていく。こんな素敵なことがあるだろうか? そんな世界に私も行けるのならこんなチャンスは逃すわけにはいかない。これは逃がしちゃいけない出会いだ。
「行く! すごく楽しそうだし!」
「本当に? ありがとう! じゃああとで詳細送るね。ありがとう!」
 感謝されて嬉しくなった。こんなに気分が良いのはいつ振りだろう。
 美希とは10年ぶりとは思えないくらい話が弾んだ。1時間で帰るつもりが3時間も話し込んでしまった。こんなに素敵な人が近くにいたなんて。今日は本当に良い日だった。

 創に『久しぶり!』というLINEが送られてから数日、しびれを切らしたのかこの『あや』という人はまたメッセージを送ってきた。
『何年か前のセミナーで会ったんだけど覚えてないですか?』と。ご丁寧にスタンプ付きで。
 そういえばなんだか会ったような気がする。そうだとして、今さら何の用なのだろうか?
 思い出したのに無視するのも気分が悪いので、返信することにした。
『遅くなってすみません。お久しぶりです。どうされました?』と極めて儀礼的なものだった。
 さすがに、2年間まともに連絡を取ってない相手に軽々しく話しかける勇気はない。
 暇なのか返信は早かった。送られてきた文面にはこうあった。
『お互い仕事に慣れなくて大変だと思うんだよね! 実は私も同じだったんだけど、幼なじみに相談したらスッキリしたの! 今の仕事に捕らわれるんじゃなくて、自分がやりたいことをやるのって大事なんだって気付いたんだ! だから三崎くんにも気づいてほしいなって思って連絡したの!』
 創はLINEの文面で圧倒された。こんな話し方をする人だっただろうかと2年前の彼女を思い出しながら、冷静に今の自分の状況を考えてみた。
 仕事は当然忙しい。毎日が出来たと出来ないとの繰り返しだ。それも最近は慣れてきたのか、少しずつ仕事の段取り、交渉のコツが分かってきたような気がする。いわゆるブラック企業だが、同僚や先輩はいい人だ。それなりに充実している気がする。
 ただ、と思った。今の仕事に捕らわれずに自分のやりたいことをやる。確かにそういう人生を送ることが出来れば幸せなのかもしれない。この連絡はその第一歩かもしれない。
 創は数分間考えた。
 『そうですよね。やっぱり自分のやりたいことで生きていけるのは素敵だと思います』と無難に、それでも今思ったことを素直に送った。
 返事はすぐにきた。『やっぱりそうだよね! でね? 私もそう思って来週セミナーに行こうと思ってるの。一緒にどうかな? 幼なじみの紹介だから2,000円で行けるんだって!』
 なるほどセミナーか。金額も高くないし行ってみようかなと思い『ちょっと興味があるので行ってみたいです。是非よろしくお願いします』と送信する。
 何かが変わるかもしれない。人生のターニングポイントになるのだろうか。来週が楽しみになってきた。 


 

今週は第2章を投稿しました。
 今クリミナル・マインドレボリューションが放送中なのですが,シーズン1を見ている人間からすると,デイブ(ジョー・マンティーニャ)とエミリー(パジェット・ブリュースター)の白髪が非常に気になってしまいます。
 メイン俳優の方々なのでずっと演じてほしいのですが…

 また来週か再来週に続きを投稿する予定です。
 引き続きよろしくお願いいたします!!

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